特集02

工学者によるウイルス生態学
Virus ecology studied by engineers

衛生は生を衛(まも)る研究分野。医療との連携が新たな可能性を拓きます。 環境創生工学部門 水質変換工学研究室 准教授 佐野 大輔

[PROFILE]
○研究分野/衛生環境工学、公衆衛生微生物学
○研究テーマ/病原ウイルスの水環境中動態解明、水の消毒技術の新規開発
○研究室ホームページ
 http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/water/index.html

Daisuke Sano : Associate Professor
Laboratory of Water Quality Control Engineering
Division of Environmental Engineering
○Research field : Environmental Engineering, Public Health Microbiology
○Research theme : Ecology of pathogenic viruses in environments,
Development of novel technologies for water disinfection
○Laboratory HP :
 http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/water/English/E_index.html

水とノロウイルスと衛生工学
感染連鎖を断ち切るために

 10月も後半になると、早い年ではノロウイルスによる集団感染のニュースがテレビや紙面に出てきます。ノロウイルスは下痢の症状が強烈であり、さらに一度に感染する人数が非常に多いことから、取り上げられやすいトピックスの一つになっています。
  このノロウイルス、実は遺伝的に感染を受けにくい人達がいることをご存知でしょうか。胃腸炎を引き起こすノロウイルスはまず細胞へ侵入する際に細胞表面上に出ている「血液型決定抗原」というオリゴ糖に結合し(図1)、その後小腸の上皮細胞に感染して細胞を痛めつけます。ところが、この血液型決定抗原が、遺伝的に小腸上皮細胞表面に出てこない人が存在するのです。アジア人の20%程度が遺伝的に抵抗性であるらしく、「集団感染の中で自分だけが無事だった」という経験をした読者もいるのではないでしょうか。

図1
図1 ヒト小腸上皮細胞へのノロウイルス感染様式の模式図 Figure1:A manner of norovirus infection to human intestinal epithelial cells.

 衛生環境工学の分野には、街のお医者さんよりもウイルスの扱いに慣れている学者がたくさんいます。なぜなら、様々な水処理技術を駆使して安全な飲み水や健全な水環境を提供することを生業としている我々からすれば、安全であるべき水を介して感染する場合があるノロウイルスは、全くもって看過できない相手だからです。ところが、このノロウイルスの実態はいまだ謎が多く、私の仕事は、このノロウイルスの人間社会における動態を詳らかにし、感染の連鎖を断ち切るために有効な手段を考え出すことだと考えています。

ノロウイルスのキャリアー
腸内細菌を発見

 最近我々は、ノロウイルスを強固に捕捉することが可能な腸内細菌が存在することを発見しました(図2)。一部の腸内細菌が「血液型決定抗原」を体の外側に分泌していたのです。これらの腸内細菌は、ノロウイルスを運ぶキャリアーである可能性が高く、ノロウイルスを探したければ、この腸内細菌を探せば良い、のかもしれません。また、人のお腹の中でこの腸内細菌とノロウイルスが共存した場合、はたしてノロウイルスは腸内細菌から離れて小腸上皮細胞に感染するのでしょうか。今後、我々が発見した「ノロウイルス吸着性腸内細菌」が、ノロウイルスの生活環にどのような影響を与えるのか、明らかにしていきたいです。

図2
図2 ノロウイルス粒子を捕捉したノロウイルス吸着性腸内細菌の電子顕微鏡像。 Figure2:Transmission electron microscope image of norovirus-binding enteric bacteria capturing norovirus particles.

technical term
血液型決定抗原 赤血球の表面に存在する抗原で、血液型を決定している。