特集02

計算機シミュレーションで探る
温度応答性高分子の不溶化メカニズム
Insolubilization mechanism of thermoresponsive polymers as studied by molecular dynamics simulation

肉眼や実験でとらえられない世界を計算化学の力で明らかに 応用化学部門 分子集積化学研究室 准教授 佐藤 信一郎

[PROFILE]
○研究分野/物理化学、計算化学
○研究テーマ/機能性ソフトマテリアルの計算機シミュレーション
○研究室ホームページ/http://cma.eng.hokudai.ac.jp/

Shin-ichiro Sato : Associate Professor
Laboratory of chemistry of molecular assembly
Division of Applied Chemistry
○Research field : Physicai chemistry, Computational chemistry
○Research theme : Computational chemistry of functional soft materials
○Laboratory HP : http://cma.eng.hokudai.ac.jp/

低温で溶け、高温で沈殿する
不思議な温度応答性高分子

高分子は、多数の原子団が鎖状に結合した巨大分子で、天然高分子のペプチド鎖や核酸がよく知られており、またプラスチック製品等の原料として様々な合成高分子が開発されています。

そのなかでも温度応答性高分子と称される一群の高分子は、小分子とは異なる面白い性質を持っています。通常は溶けにくい物質を溶かすには溶液を温めますが、温度応答性高分子の水溶液は、高分子が低温で溶解し、高温で不溶化(沈殿)する《変な?》現象が起こります(図1)。このような温度応答性高分子は機能性材料への応用が期待されており、特に体温付近で不溶化が起きる温度応答性高分子は、薬物を的確に体内に届ける薬物送達システムへの応用が期待されています。

従来のモデルでは説明できない
ロッド型高分子の秘密に迫る

温度応答性高分子が示す高温での不溶化現象は、どうして起きるのでしょうか?温度応答性高分子は水に溶けやすい親水性部位と水に溶けにくい疎水性部位を持つ両親媒性高分子です。低温では親水性部位が水和し、高分子鎖はのびのびと拡がった構造(コイル構造)となる一方で、高温では熱エネルギーにより親水部位と水分子間の水素結合が切断され、高分子鎖が凝縮した構造(グロビュール構造)へ変化します。グロビュール構造では高分子表面が疎水化するため、高分子同士が凝集して沈殿する…というのが、従来考えられてきた不溶化現象を説明するモデルです。

図1
図1 温度応答性高分子の水溶液
Figure1:Aqueous solution of thermoresponsive polymer

しかしながら最近になって、コイル・グロビュール構造変化を起こしえない、剛直な鎖構造を持つ高分子(ロッド型高分子)でも、温度応答性を示す高分子が発見されました。不溶化の際に起きる分子レベルの変化を直接観測することはできないため、我々は計算機シミュレーションによる研究を行っています。そのひとつが、ロッド型高分子の二量体についての全原子分子動力学シミュレーション(図2)です。このほか、ロッド型高分子だけでなく環状や星型のような特殊構造をもつ温度応答性高分子についても、従来のモデルでは説明しきれない不溶化のメカニズムを追求していきます。

図2
図2 温度応答性ロッド型高分子二量体の分子動力学シミュレーションのスナップショット
Figure2:Snapshot of MD simulation on the dimer structure of a thermoresponsive rod-type polymer.
technical term
薬物送達システム ドラッグデリバリーシステム(DDS)。疾患部位に必要な薬効成分を、適切な時間のみ作用するように調整する製剤技術のこと。