工農連携特集 スペシャル対談 File.2「持続可能な北海道の森林づくりを守るために 挑戦、林業の機械化プロジェクト」 大学院工学研究院
江丸 貴紀 准教授
× 大学院農学研究院
渋谷 正人 准教授

髙井 伸雄 准教授 [司会・進行]
髙井 伸雄
広報・情報管理室
工学研究院・准教授
2016年7月から力強い一歩を踏み出した工農連携プロジェクト。
先陣を切るのは、「ロボットと森林」というフレッシュな組み合わせです。
農業の現場ではすでに定着しつつある工学技術の活用が、林業の分野では今後どのように進展していくのか。
二人の工学・農学研究者が、その可能性と期待を語り合います。

機械化が遅れた林業の現場に
ロボットが運ぶ未来の光

司会ロボット研究が専門の江丸先生と林業が専門の渋谷先生、今回の工農連携はお二人にとっても初めての取り組みだとうかがいました。

江丸工学研究院も農学研究院も建物は同じ札幌キャンパスにありますが、所属が違うと異分野の研究者とはなかなか顔を会わせる機会がなく、日頃話すのは工学研究者や関係者ばかり。それが今年の2月に大学の企画で、工学・農学研究者が親睦を深める場をつくっていただいたおかげで、渋谷先生と初めてお話することができました。

渋谷私のほうも江丸先生と同じ状況でした。「農業に比べると林業は世界的に機械化が遅れている。どうにかならないものか」と研究院内で話しているうちに、「そういうことなら、工学研究者と一緒にできることがあるかもしれない」と言われ、2月の集まりに参加しました。これから江丸先生と一緒に、林業の現場でどんなことができるのかを探っていくのが楽しみです。

江丸農業に比べて林業の機械化が進まなかった理由はなんでしょうか。

渋谷まず第一の難題は、森林が田んぼや畑のような平地ではない、ということがあげられます。傾斜15度〜20度以上の斜面になると車輪のある機械をスムーズに動かすのは難しく、転倒などの危険も伴います。ほかにもフィールドが農地ほど明確に区画が分かれていないこと、目的とする樹木以外にもいろんな植物が混在して生えていること、農地のように空が開けていないことなど林業独特のさまざまな制約があり、結局は従来どおり、人手に頼らざるをえなかったという背景があります。

木材ができるまでには、土地をならすところから始まり、苗木を植える、苗木以外の雑草を刈り取りながら50年60年の歳月をかけて木を育てる、適切な太さになったら切り出して、同じ大きさの丸太にするという一連の生産作業が続いています。木を伐採して、同じ長さに切ってトラックに積むという後半の作業は、すでに機械化されていますが、問題は前半の部分。苗木を植える、下草を刈る、高所の枝をはらうなどは、いまだ人の力に頼りきっている現状です。

江丸私の研究室では、安全な自動運転を実現するためにロボット自身が動きながら周囲の情報を得て2次元あるいは3次元のマップを作るSLAM(Simultaneous Localization And Mapping)技術の開発や、橋梁点検ロボットなどに使われるマニピュレーターの開発を行っています。特に前者の屋内でロボットを走らせてマップを作る研究は近年、一定の成果が得られるところまで進んできました。では今後、ロボットを走らせる場所が屋外、それも「森林」となると、どうなるのか。渋谷先生のお話をうかがいますと、地面に起伏があり、しかも樹木に隠れてGPSの位置情報が取りづらいなどかなり厳しい条件下ですが、取り組みがいのある挑戦になると思います。

機械にあわせて現場を変える
新しい森林づくりの可能性も

司会いま人手に任せている下草刈りをロボットにやらせるとしたら、どうでしょうか。

江丸苗木と雑草を区別する画像処理をどうするかが、大きな課題になると思います。森の中は春夏秋冬で色が変わり、同じ場所でも時間の経過によって光と影が変わります。ただ、人間がものの違いをわかるということには、何かしらのルールが必ず存在しています。そこをロボットにも学習させることができれば、樹木の位置がわかり、3年5年のスパンで情報をアップデートしながら下草を刈るロボットができる可能性も夢ではないと思います。

渋谷私が今回の工農連携でおおいに期待していることは、従来の手法や考え方にとらわれない、まったく新しい発想の林業技術が生まれることです。現状の枠組みの中で求められる技術を探すのではなく、その逆の発想、新たに導入したい機械が動きやすい環境を前提にした森林のつくり方を考えていく、そんな大胆な発想の転換もありうるのではないかと期待しています。

例えば、いま江丸先生がおっしゃった下草刈りも、刈る機械が動きやすい区画であらかじめ苗木を植えておき、苗木の位置以外の草を刈り取るように機械に設定するという手法も、試してみる価値はあると思います。それから林業の機械化を進めるうえでもうひとつ、持っておきたい視点は、既存の機械を上手に活用すること。ゼロから大掛かりなものを作るよりも、あるものを応用する柔軟な視点も大切だと感じています。

江丸林業専門の機械はあるんですか?

渋谷海外には林業専門の機械メーカーがありますが、日本には専用のメーカーも機械もなく、建設現場で使われている重機のアタッチメントを取り替えて使うのが一般的です。先ほど、苗木を植える作業はいまだに人に頼っていると申し上げましたが、水田に稲を植える機械は、苗木を植えるのにも応用できそうな予感がします。もちろん調整しなければならないことはたくさんありますが、まずは身近なできそうなことから考えていき、一歩ずつでも前進していきたいです。

江丸できることから始める。同感です。

司会「木材を活用する」という広い目線で、ほかに工学ができそうなことはありますか?

渋谷建築資材やその他の原料として使われる木材には、最後に「燃やす」というもうひとつの使いみちが残されています。木材を燃やして発電し、同時に発生する熱を活用したまちづくりというのも、北海道のような森林の多い過疎地域で考えられる新しい未来像のひとつになりうると思います。発電やエネルギー、まちづくりをキーワードにしている工学研究者の方々にも、関心を持っていただけるとうれしいですね。

研究パートナーを知るには
相手のフィールドに立つ

江丸いま、林業の働き手の状況はどうなっていますか?

渋谷一部の作業の機械化により若手が少しずつ増えているという明るい話題もありますが、それでも基本は高齢化と人手不足に悩まされています。実は労働災害のデータを見ると、全産業中、林業がケタ違いでトップという厳しい現実もあります。林業の機械化はぜひとも早急に解決したい課題です。

江丸林業のフィールドについて何も知らなかったので、本日の渋谷先生のお話すべてが新鮮で、大変勉強になりました。我々の持っている技術が林業の現場でこんなにも必要とされていることがわかっただけでもありがたく、これは工学研究院の建物に閉じこもっていたのでは決してわからなかったことだと思います。今後「何から始めるか」を決めるためにも、私も林業のフィールドに立ち、実際の傾斜や苗木の周りがどのような状態になっているかを五感で感じ取ってきたいです。

渋谷そう思っていただけて大変心強いです。私も今日、江丸先生とお話しすることで、いい刺激をいただきました。この工農連携が進んでいけば、いずれ学生同士も双方の研究室を行き来するなど、学生の皆さんにとってもプラスになる学びの交流が深まっていきそうです。

司会本日はありがとうございました。

准教授 江丸 貴紀

異分野のお話はすべてが新鮮。
林業のフィールドに立つのが、
楽しみです。

大学院工学研究院
人間機械システムデザイン部門
ロボティクス・ダイナミクス研究室
准教授 江丸 貴紀
Takanori Emaru

○研究分野/ロボット工学、制御工学
○研究テーマ/自律移動ロボットのナビゲーション、
 非線形フィルタESDSによる加速度推定と制御への応用
○研究室ホームページ
 http://mech-hm.eng.hokudai.ac.jp/~rd/labo/


准教授 渋谷 正人

林業の機械化は急務。
工学との融合による
新たな発想に期待しています。

大学院農学研究院
基盤研究部門 森林科学分野
造林学研究室
准教授 渋谷 正人
Masato Shibuya

○研究分野/林分密度管理、繁殖生態学
○研究テーマ/天然林・人工林の長期動態、
 人工林の風害抵抗性と混交林化、個体間競争と林分管理
○研究室ホームページ
 http://www.agr.hokudai.ac.jp/fres/silv/

スペシャル対談

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