工学研究院長・工学院長・工学部長
名和 豊春 教授
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農学研究院長・農学院長・農学部長
横田 篤 教授
時代の流れとともに細分化され、現在は工学研究院と農学研究院となっていますが、いま、さまざまな地球規模の課題を解決するために、ふたたび北海道大学は「工農連携」に力を注ごうとしています。
両研究院長が語る「工農連携」による未来像をうかがいました。
新しいモノを創り出すのが「工学」
「実学」とは人を幸福にすること
司会本日は北海道大学の工学と農学の結びつき、工農連携についてお二人にうかがいます。まずは名和工学研究院長から工農連携の動きが始まった経緯を教えていただけますか。
名和工学研究院長になった時に北大の研究者、とくに若い人たちが今後10年20年かけて取り組むべき課題は何かという事について改めて考えました。その一つとして、北海道を地場とする我々研究者にとって、農林業の存在はとてつもなく大きい。この課題に取り組むために、工学研究者と農学研究者で一緒に力を合わせるべきだと考えました。これは今始まった考えではなく、札幌農学校時代から農学と工学は実学の重要な二本柱でした。実学とは、格好よく言うと「人を幸福にする」ということです。一方工学は、基礎もやりますが、それを応用して新しいモノを創りだすことで"旨味"をだす学問です。それは農学にも貢献できます。農学研究院長である横田先生もこうした工農連携の考えに深い理解を示してくださいまして、具体的に動き出せることに今から胸が躍ります。横田先生をお招きした本日の対談も、大変楽しみにしておりました。
地球環境を守り世界人類を養う、
それが「農学」
横田私のほうこそ、このような機会をもうけていただき、ありがとうございました。はじめに少しお話させていただくと、おそらく学生の皆さんにとって農学とは「農場で働くための学問」というイメージが強いと思います。もちろん、そうした農業技術や品種改良に関わる部分も含まれますが、実は農学とは、この人口約73億人が暮らす地球上で、持続的な食糧生産技術を確立することを最大の目的とする学問なのです。
それを実現するためには、農薬や肥料も必要ですが、自然環境を整え守っていくことがとても大切です。農地だけでなく森林や河川をきれいにすれば、海も豊かになり魚がたくさんとれます。温暖化により気候が変動していますから、気象条件をモニタリングして生産に反映させる技術も必要です。生産過程で大量に発生するバイオマスのリサイクルを考えることも、持続性の向上のために大切です。食糧を生産できても、貧困の問題がありますから、食糧をどのように分配するかという課題も存在します。これらの「食」にまつわるさまざまな課題を総合的に解決しようとするのが農学なんです。そのなかには工学との接点が幾つもあり、札幌農学校時代からの伝統的な連携に加えて、現代らしい工農のつながりができれば、非常に大きな力を発揮できると考えています。たとえば、ロボット技術を活用したスマート農業で生産性を向上させたり、収穫したものを安全・安心な食品に変える加工技術の開発など、接点はたくさんありそうです。
「現場」を知ることで、
新しい工学・農学が生まれる
名和仰るとおりですね。これまで工学のモノづくりが社会の発展に尽くしてこれた理由は、技術や製造工程の共通化による大量生産を可能にできたからです。大量生産できるからコストダウンも可能になります。一方現在、食のつくり手の方々は「誰々さんがつくったスイカ」のように、個別化あるいは差別化を打ち出すために大変な知恵を絞ってこられたと思います。これまで工学的アプローチは、このような多様性のある対象が苦手でした。ですが近年、より強力な技術が発展し、個別のものにも対応できる研究分野が増えてきました。工学の共有化と農学の個別化、両者の融合によって今までにない新しい技術を生み出せるのではないかと期待しています。
横田そこで私が工学研究院の研究者の皆さんに(実は農学研究院にもなんですが)申し上げたいのは、「現場を知ってください」ということなんです。たとえば耕耘機ひとつとっても、それが使われる土の性質や、育てたい作物の特性をわかっていないと造ることができません。つまりは工学研究者も農業の現場を知っている人と協力して、現場を理解してはじめて、本当に求められる農業機械を造ることができるのだと思います。
名和そのとおりです。例えば水を浄化して飲み水を作りたいとします。研究室にいれば分離膜を通せば簡単にできます。でも実際に困っている途上国の現場に行くと、電気が通っていなかったりします。では電気がなくても使えるにはどうすればいいか?新しい吸着剤を開発するなどの方法もあるわけです。
司会研究室では濾過できたところで思考が停止してしまいますが、現場を知ることで新しい発想も生まれうるということですね。
名和そうです。バネの反発力を利用したアシストスーツの開発もその好例です。高価なロボットよりも容易に普及できるはずです。私が研究者の皆さんに言いたいのは「自分のフィールドを飛び出す勇気を持ってほしい」ということですね。同じことを続けていると、そのうちネタがなくなってきます。重箱の隅をつつくようなことをやるのではなく、思い切ってこれまでとは違うターゲットにも挑戦してほしいです。
広い視野を持ち、国際的に
活躍できる人材を育てたい
司会工農連携に関連して、教育についてのお考えをお聞かせください。
名和冒頭にも言いましたが、札幌農学校は元々工農が連携した学校だったんです。それが時代の流れと共に学問体系が細分化され、いつのまにか自分の専門分野しかわからなくなってしまいました。しかし今は全学共通の大学院授業がいろいろ公開されているので、学生たちは他学院・研究科の授業をとりにいくことができます。ですから積極的にどんどん勉強してもらいたいです。いずれ工学部出身の農学博士や農学部出身の工学博士が誕生して、真のコラボレーションを実現してほしいと思います。
横田そうですね。細分化したそれぞれの専門分野が発達した今、それをもう一度統合することで力を倍増できると思います。また、そのための人材育成も必要です。
名和もう一つ、札幌農学校の数多い功績の中で私が注目している点は、真の国際人を育成したというところです。それはただ英語を話せるということだけでなく、国際的な視点で物事を考え、自説を主張できるグローバル人材を輩出したということです。このような札幌農学校の精神を引継いだ学生を育てていきたいです。
横田まさに札幌農学校開校から140年の節目を迎えた今年、本学は新しい大学院「国際食資源学院」の設置に向けて動いています。現在我々が抱える食・水・土資源の世界的な危機に立ち向かう国際的なリーダーの育成に努めます。学生は全学から募り、定員15名の少数精鋭。講義はすべて英語で行われ、あのクラーク博士を招いたように海外からも教員を招き、学生たちもどんどん海外やフィールドに飛び出していく予定です。さらに文理融合型を特徴としているため、政治経済を学ぶことで国際的に活躍する下地ができます。まさに札幌農学校以来の「全人教育」の理念が詰まった、世界的にも類を見ない大学院が、来年の4月に開設されます。是非多くの学生さんに応募してもらいたいです。
名和「国際食資源学院」には私も期待しています。卒業生には是非世界の舞台で活躍してほしいです。この新しい大学院には工学研究院の教員も参加しています。環境工学の下水処理技術を農業用水に応用しようとしています。他にもいろいろとやりたいことがあります。バイオマスからプラスチックや化学製品の原料を作ることとか、排熱をうまく利用できる農村計画とか。そのような分野に、社会工学系の人たちにも入っていってもらいたいです。
横田バイオマスを原料とした合成を行う生物工学は、もともとはお酒を造る技術、醸造工学だったんですね。やはり農学と工学はルーツは同じ、つながっています。農村計画は農業経済学が関係しますが、農学だけではできないこともあります。必要性を支え合い、うまく融合させて育てていくことが大切だと思います。
出会いの場への積極的な参加を
司会研究者間の連携推進のための農学研究院での取り組みはありますか?
横田我々農学研究院では、旧札幌農学校演武場である時計台で、市民向けの無料講座「時計台サロン」を不定期開催しています。同じ農学研究者同士でも隣の研究室のことは案外わからないもの。いろいろな学科の先生に声をかけているうちに、異分野と混じり合うプラットフォームとして定着してきたように感じています。この時計台サロンを含め、始動したばかりの工農連携プロジェクトを通して、北大の農学は今後も工学研究者の皆さんと足並みを揃えていけたら、と考えております。
名和力強いお言葉、ありがとうございます。工学と農学の連携は、北海道大学が持てる伝統的かつ革新的な財産のひとつです。ともに札幌農学校の精神を受け継ぎ、持続可能な社会の実現に貢献してまいりましょう。
司会本日はありがとうございました。
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