特集04

陽子線治療:量子ビームでがんを狙い撃つ
Proton Beam Therapy: Killing Tumors with Quantum Beam

動いているがん病巣を的確にしとめ、あらゆる形に対応できる陽子ビームで希望を取り戻す 量子理工学部門 量子ビーム応用医工学研究室 教授 梅垣 菊男

[PROFILE]
○研究分野/医学物理学、量子ビーム応用工学、粒子線治療工学
○研究テーマ/陽子線を用いたがん治療技術の開発
○研究室ホームページ
http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/qsre/QSciEngjp/

Kikuo Umegaki : Professor
Laboratory of Quantum Beam Science and Medical Engineering
Division of Quantum Science and Engineering
○Research field : Medical Physics, Quantum Beam Applied Engineering, Particle Therapy
○Research theme : Development of proton beam therapy system
○Laboratory HP :
http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/qsre/

世界初の技術を駆使して
陽子線でがんを治す

 日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人が亡くなるという時代になりました。今やがんは避けて通れる病気ではなく、受け止めて闘うべき病気になりました。私たちは陽子線という量子ビームを用いてがんを狙い撃ち、健康な体を取り戻すための技術を開発しています。陽子線治療は、大変期待されている新しい技術です。がんの位置に合わせて陽子線を照射することで、正常組織への影響を抑えてがん病巣のみを集中的に破壊することができます。外科療法、化学療法と比較して、身体への負担が少ないのが特長であり、高齢の患者さんにもやさしく、また治療後の円滑な社会復帰も期待されています。
 陽子線は、体内を通過する時の線量(体に与えるエネルギー量)が比較的小さく、止まる寸前に線量が最大になるという性質を持っています(図1:陽子線のブラッグピーク)。この性質を利用して、線量を腫瘍に集中させ、周囲の正常組織への影響を抑えることが可能です。この結果、身体の機能や形態を損なわずに、がん細胞のみを壊死させる、あるいは増殖能力を失わせることができます。
 私たちは、北海道大学大学院医学研究科放射線医学分野、北海道大学病院と協力し、世界初の動体追跡技術(呼吸等で動いているがん病巣にも正確に放射線を照射する技術)とスポットスキャニング法(図2:陽子ビームをスキャンしてがん病巣の形に沿って照射する方法)を組み合わせた陽子線治療システムを医工連携・産学連携で開発しました。このシステムを用いた北海道初の陽子線治療センターが、2014年3月に北海道大学病院で治療を始め、2015年11月現在で100件を超える治療が進んでいます。

図1 図1 陽子線の体内での線量分布
ブラッグピークを利用して腫瘍部分に陽子線を集中させることができます。 Figure1:Dose Distribution of Proton Beam in Human Body. A Bragg peak can be used to concentrate proton beams on a tumor.

図2 図2 スポットスキャニング法による陽子線治療
陽子ビームを電磁石でスキャンして腫瘍の形に合わせて照射します。 Figure2:Proton Beam Therapy using Spot Scanning Technique. The technique enables high conformal dose distribution to the tumor.

医学の「やりたいこと」を
工学の知恵と技術が実現

 陽子線治療は、陽子ビームを加速するための加速器、陽子ビームの輸送系、あらゆる角度から陽子線の照射を可能にする回転ガントリー等の装置を組み合わせて、治療システムを構成します(図3)。工学的な技術を駆使して医学に利用するシステムを構築する、工学と医学を融合した研究開発が不可欠です。また、高精度な治療を実現するために、陽子線線量分布を最適化する治療計画システムの研究開発も実施しています。
 同時に、量子ビーム・放射線応用技術を医療分野に適用し、病気を見つけそして治す、次世代の診断や治療の研究を推進していきます。北海道大学病院には、私たちが開発に関わり今後も責任を持って運用していく陽子線治療センターがあります。私たちの研究室では、工学と医学の境界を越えて、医学研究科、北海道大学病院に出向き、互いに協力して次世代の先端医療を実現していきます。
 これからの先端医療には医工連携による新しい技術開発が欠かせません。私たちは「量子ビームを用いた最先端科学技術を人類の未来のために」を合言葉に、志ある皆さんと共に未来に向けた研究を進めていきたいと考えています。

図3 図3 陽子線治療を実現する装置
陽子線加速器で陽子ビームを加速し、輸送系を通じて回転ガントリーに運びます。回転ガントリー内部の治療室では、360°すべての方向から患者さんのがん病巣に向けて陽子線を照射できます。 Figure3: Proton Beam Therapy System
A proton beam accelerated by a proton beam synchrotron accelerator is transported to a rotating gantry via a beam transport system. In the therapy room inside the rotating gantry, a proton beam can be irradiated onto patients’ cancer lesions from all directions, 360 degrees around.

technical term
陽子線治療 加速させた「陽子」を体の外から病変に当てて治療する放射線治療。

医学研究科から理工学分野の研究者への期待

医学の立場から期待すること

医学研究科 放射線医学分野  教授 白土` 博樹 医学研究科
放射線医学分野
教授 白土` 博樹 Hiroki Shirato : Professor

 医療技術の発達は目覚ましく、世界をリードする医療を実現するには医工連携の研究が欠かせません。幸い、北大は世界に誇る最先端の陽子線治療装置を医工連携で開発することに成功し、その実績に基づき、理工系出身の多くの優秀な医学物理の研究者が陽子線治療センターで医療の研究をしています。
 「放射線医学分野」とは、「最先端の理工学系の技術を医学に常に取り入れて、新しい発見とその活用を発見し続ける分野」です。2017年度からは、この分野の一翼を担う新しい大学院である医理工学院がスタートし、量子医理工学コース、分子医理工学コースが設置される予定です。多くの工学系の学生さんが医理工学院を目指してくれることを期待しています。

研究開発を支える工学部の先輩たち

医学研究科 放射線医学分野  教授
助教 宮本 直樹(左)
Naoki Miyamoto : Assistant Professor 博士(工学) 北海道大学病院放射線治療科

 学生時代の専門分野は、結果として思わぬところで他の分野とリンクし、仕事につながります。 まずはアンテナを拡げ、自分の興味・スキルを拡げてみてください。

助教 高尾 聖心(右)
Seishin Takao : Assistant Professor 博士(工学) 北海道大学病院放射線治療科

 医学部に進むだけが医療に携わるための道ではありません。理工系研究者として、あるいはエンジニアとして医療のフィールドで活躍する皆さんを待っています。