特集03

光シミュレーションで体の中を診る
Visualization of the Interior of the Human Body by Simulating Light Propagation

現場から求められる声に耳をすませて 甲状腺がん診断の進化に役立ちたい 機械宇宙工学部門 流体力学研究室 助教 藤井 宏之

[PROFILE]
○研究分野/輸送現象の数値解析
○研究テーマ/生体における光伝搬数理モデルの構築
○研究室ホームページ
http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/fluid/

Hiroyuki Fujii : Assistant Professor
Laboratory of Fluid Dynamics
Division of Mechanical and Space Engineering
○Research field : Numerical study of transport phenomena
○Research theme : Numerical modeling of light propagation in biological tissue
○Laboratory HP :
http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/fluid/

光を用いて体の中を見る
コンピュータ断層撮影

 私たちの体の中を切らずに見ることは、がんの場所や進行度合いを診断するうえで非常に重要であり、現在は様々な「見る技術」が開発されています。見る技術の代表例にX線を用いたレントゲン撮影がありますが、光を用いても体の中を見ることができます。ここでの「光」とは、皆さんが普段目にしている可視光ではなく、「近赤外光」と呼ばれる光です。
 光は波の性質を持っており、可視光より波長が長い領域(800nmから1100nm)が近赤外光の領域です。波長の違いによって、体内を伝搬する光の様子は異なります。可視光を体に当てると、すぐに体内で吸収されてしまいますが、近赤外光は体内で吸収されにくく、体の深部まで伝搬することができます。ということは、体の深部まで伝搬したのちに体の表面まで戻ってきた光を測定し、コンピュータ解析することで、体内の情報を取り出し、画像化することが可能になります(図1)。この見る技術は、光によるコンピュータ断層撮影(CT)と呼ばれ、レントゲンもCTの一種に該当します。

図1 図1 ヒトの手における近赤外光の透過 Figure1:Transmission of near-infrared light in the human hand.

甲状腺がんの可視化を目指し
体内の光伝搬シミュレーション

 光によるCTを実用化するには、解決すべき多くの課題があります。その一つに、体内における光伝搬の正確な予測が挙げられます。光は体内の組織によって散乱され、様々な方向へ伝搬していきます。これは、X線が体の中をほぼ直進する性質と大きく異なっています。体の表面で測定した光がどのような経路をたどってきたのかは、光伝搬のシミュレーションによって予測することが可能です。
 いま私たちは、様々な生体部位の光伝搬のシミュレーションモデルを構築しています。近い将来、光によって甲状腺がんを可視化することを目指しており、ヒトの首断面に対して光伝搬シミュレーションを行っています(図2)。これが実用化につながれば、体に負荷を与えずに乳幼児や子どもたちの甲状腺がん診断をサポートすることができると期待しています。光によるCTはまだまだ発展途上の技術ですが、シミュレーションモデル開発の立場からその進化に貢献できればうれしいです。

図2 図2 ヒトの首における光シミュレーション:矢印は光照射位置(首前方)、光の強度を等高線図で表示。 Figure2:Simulation of light propagation in the human neck.

technical term
近赤外光 可視光と赤外光の間に位置する波長領域の光。赤外線カメラや家電のリモコンなどに応用されている。