特集03

生物と機械の間(はざま)
Mechanics in Biology

医療や生命など広い知識を吸収して柔軟な視点を持てる工学研究者に 人間機械システムデザイン部門 マイクロ・ナノメカニクス研究室 助教 前田 英次郎

[PROFILE]
○研究分野/バイオメカニクス、メカノバイオロジー
○研究テーマ/腱組織・腱細胞の機能に及ぼす力学負荷の影響
○研究室ホームページ
http://mech-hm.eng.hokudai.ac.jp/~micro-nano/index.htm

Eijiro Maeda : Assistant Professor
Laboratory of Micro and Nanomechanics
Division of Human Mechanical Systems and Design
○Research field : Biomechanics, Mechanobiology
○Research theme : Effects of mechanical loading on functions of tendon tissues and tendon cells
○Laboratory HP :
http://mech-hm.eng.hokudai.ac.jp/~micro-nano/index.htm

生命体のシステムを工学的に解析
細胞の「かたさ」と変化の関連性

 生物あるいは生命体と機械を並べてみると、前者は柔らかくて有機的、後者は硬くて無機的な響きがありますね。構造や機能を考えると確かにそうではありますが、生命体をある種の「機能的なシステム」、つまり「機械」ととらえてみると、物理学や工学の知識・技術を応用することで複雑な生命現象の理解を深めることができます。
 工学で材料の評価に用いる「ヤング率」という指標は、材料の弾性を表し、材料の変形しにくさ(バネ定数のようなもの)を表しています。では、私たちの体にある細胞のヤング率にはどんな意味があるのでしょう。
 北大医学研究科、北大先端生命科学研究院との共同研究で我々は、前駆細胞が特定の組織の細胞(ここでは軟骨細胞)へと分化する際に、細胞のヤング率が約2倍に上昇することを明らかにしました。逆に、内部構造を阻害してヤング率の上昇を妨害すると、特定細胞への分化は誘導されませんでした。このことは、前駆細胞の内部構造と分化後の細胞機能に密接な関わりがあることを示しています。工学的な解析を用いることで、細胞分化を制御するメカニズムの一面が明らかになりました(図1)。

図1 図1 分化に伴って構造とヤング率を大きく変化させる細胞。工学的な解析によって、細胞の分化における細胞内部構造の関与の重要性が明らかに。 Figure1:Drastic change in actin cytoskeleton organization within progenitor cells during chondrogenic differentiation.

私たちの体内にもある拡散現象
細胞同士のコミュニケーション

 機械工学で扱う重要な現象の一つに「拡散」があります。私たちの身の回りでも熱や物質など実にたくさんのものが拡散によって伝達され、私たちの体内でも拡散は酸素や栄養の輸送に関わっています。細胞同士のコミュニケーションにおいては、直径1ナノメートルの通路をもつギャップ結合の集合体を通じて物質を輸送し、情報を伝達していると考えられています(図2)。
 この細胞間物質輸送も拡散現象の一つとして定量的に解析することができます。私たちの研究室では細胞が力学的な負荷に対して、どのように細胞間情報伝達を維持あるいは変化させるのかを調べています。これまでの研究では、力学負荷の大きさや時間によって細胞間情報伝達が制御されることが分かっています。今後はこのような解析技術を、「力」が関わる疾患や腱炎などの炎症の発生や抑制、予防についての研究に役立てていきます。

図2 図2 (上)ギャップ結合構造の模式図。(下)ギャップ結合を介した細胞間物質輸送のイメージ。   Figure2:(Top) Structure of gap junction. (Bottom)Schematic of intercellular molecular transfer through gap junctions between neighboring cells.

technical term
ギャップ結合 細胞間物質輸送による情報伝達を担うタンパク質の集合体から成るチャネル。