特集04

半導体量子ドットにおける電子・核スピンの光操作
Optical manipulation of electron and nuclear spins in semiconductor quantum dots

半導体研究の中でもまだまだ未開拓 量子ドットが築く時代の最先端へ 応用物理学部門 極限量子光学研究室 助教 鍜治 怜奈 

[PROFILE]
○研究分野/半導体ナノ構造
○研究テーマ/半導体ナノ構造での光学的核スピンエンジニアリングの創成
○研究室ホームページ 
 http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/ultrafast/Adachi/toppage_ja.html

Reina Kaji : Assistant Professor
Laboratory of Ultrafast Quantum Optics
Division of Applied Physics
○Research field : Semiconductor nanostructure
○Research theme : Spectroscopy of Nuclear spin engineering in semiconductor nanostructure
○Laboratory HP :
 http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/ultrafast/Adachi/toppage_ja.html

世界の量子情報通信分野が注目
半導体の小さな結晶量子ドット

 近年のレーザーダイオードの普及に見られるように、半導体材料が私たちの生活で果たす役割はますます大きなものとなっています。その半導体で作られたナノメートルサイズの結晶を、量子ドット(Quantum Dot)といいます。
 量子ドットを使うと1個の電子を空間的に閉じ込めることができ、この性質は量子情報通信・処理分野への応用の観点から世界的に注目を集めています。量子ドットに閉じ込められた電子と量子ドットを構成する原子核はそれぞれスピンという性質を持っており、我々は光を使ってこれらのスピンを自由自在に操作することを目指しています。

共鳴しあう電子と原子核
電子スピンの注入で磁場を形成

 核スピンに関する研究の歴史は長く、その応用技術である核磁気共鳴画像法(MRI)は今日、医療の現場でも活用されています。一方、量子ドットでの核スピン研究はまだ歴史が浅く、構造の特異性から興味深い現象が観られます。通常、量子ドットを構成する数万個の核スピンはバラバラの方向を向いているため、磁石としての性質をもたらすスピンの偏りがありません。ところが、量子ドットに電子スピンを注入すると、電子と原子核が互いに影響し合い、数千個の核スピンの向きが揃って、強力な磁石(核磁場)が形成されます。この核磁場は普通の磁石とは異なり、量子ドット内の電子にのみ有効で、量子ドットの外部では作用しないという面白い性質を示します。さらに、核磁場の大きさや向きを、電子スピン注入で用いたレーザー光で調節することもできます(図1)。
 また最近は、核スピンと電子スピンの相互作用により、今度は核スピンが量子ドットにおける電子スピンの情報損失の主要因として働くことが分かってきました(図2)。電子スピンは量子演算における最小単位(ビット)の有力候補です。大きな核磁場を形成しつつ、電子スピン情報の損失を抑える方法を見つけることで、電子スピンを使った演算処理の結果を核スピンメモリに保管したり、光子など別の媒体に情報を変換するなど、より多くの機能性を備えた量子デバイス開発につながることが期待されます。

図1 図1 核磁場のレーザー光強度依存性 Figure1:Laser power dependence on nuclear magnetic field.

図2 図2 核スピンによるQD-電子スピン情報の損失 Figure2:Electron spin dephasing due to nuclear spins in QDs.

technical term
スピン 電子・原子が磁石のようにふるまう性質。上向きと下向きの2つの状態が存在する。