特集02

機械的刺激による分子レベル構造変化:ナノメートルのドミノ倒し
Molecular scale structure change by mechanical stimulation:nano-scale domino

分子の可能性は無限大 ミクロとマクロを結ぶ新世界に挑みたい 有機プロセス工学部門
有機元素化学研究室 教授 伊藤 肇

[PROFILE]
○研究分野/有機化学
○研究テーマ/発光性メカノクロミズム、有機ホウ素化学
○研究室ホームページ
 http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/organoelement/

Hajime Ito : Professor
Laboratory of Organoelement Chemistry
Division of Chemical Process Engineering
○Research field : Organic Chemistry
○Research theme : Development of new synthetic reactions, Organic Materials, Concepts in chemistry research
○Laboratory HP :
 http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/organoelement/?lang=en

結晶構造の崩れが見える
発光性メカノクロミズム

 自然界にある最も小さな構成単位は分子や原子です。分子や原子のサイズは一ミリの千分の一の千分の一くらいで(1ナノメートル)、もちろん直接目で見ることはできません。分子や原子が整然と並び、固体になると結晶となります。目に見える大きさの結晶は、無数(10の15乗以上)の分子や原子が集まっています。
 私たちの研究室は数年前、ある化合物でできた分子性結晶に機械的刺激を与えると、結晶構造が崩れてアモルファス状態に変化し、それと同時に紫外線を照射した環境下では発光色の劇的な変化が観察できるという性質「発光性メカノクロミズム」を発見しました。アモルファス状態とは、非常に硬い液体のような状態です。この「発光性メカノクロミズム」をもつ化合物を発見したことで、弱い機械的刺激によって引き起こされるある種の「破壊」、結晶からアモルファス状態になる分子レベルの変化の様子を、容易に観察できるようになったと言えます。

結晶から結晶へ伝わる変化
世界が息を呑んだ分子ドミノ

 さらに私たちは、別の化合物から作られる結晶が微小な機械的刺激によって、ドミノ倒し的に構造が変化し、別の結晶へと変わっていく現象を、世界で初めて発見しました。この現象も発光性の変化なので、容易に目で観察することができます。こちらは結晶から結晶へと伝染していく「破壊(相転移)」と言えるかもしれません。(図1、2)
 では、これらの発見は、社会にとってどのような役に立つのでしょうか? 第一は、非常に小さな機械的刺激を高感度で計測するセンサーの開発に役立てられると考えられます。小さな生物や細胞に働く力が計測できれば、生物学や医学の進歩に貢献できる可能性も出てきます。また、我々が発見した「分子ドミノ」によく似た現象に、医薬品を錠剤に整形する過程で医薬品の結晶構造が“意図せず”変わり、薬が効かなくなるという場合があり、多額なコストがかかる医薬品開発において大きな問題になっています。機械的刺激に対して結晶の構造が変化する現象のメカニズムは、いまだ未知の分野です。私たちの研究は、その問題を解決するための有力な糸口になると考えています。

図1
図1 分子ドミノの様子。
①結晶の表面にキズをつける。②〜④時間とともに黄色い発光領域が広がっていく。 Figure1:Photographs of molecular domino. ①Making scratch on the crystal surface. ②–④Development of the yellow emissive phase.

図2
図2 分子ドミノのメカニズム。①結晶の表面にキズをつける。②〜④分子の集合状態が変わり、発光色の変化が広がる。 Figure2:Proposed mechanism for molecular domino. ①Making scratch on the crystal surface. ②–④Development of the yellow emissive phase through the molecular arragement alteranations.

technical term
分子性結晶 単分子が結合してできた結晶。壊れやすい性質がある。