特集04

細胞の中のプラスチック工場
Microbial plastic factory

未来につながる材料工学の奥行き。金属材料の潜在能力を最大限に引き出す。 材料科学部門 組織制御学研究室 准教授 大野 宗一

[PROFILE]
○研究分野/分子生物学、高分子化学
○研究テーマ/生物システムによる有用物質合成
○研究室ホームページ
 http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/seika/TOP.html

Ken'ichiro Matsumoto : Associate Professor
Laboratory of Biomolecular engineering
Division of Biotechnology and Macromolecular Chemistry
○Research field : Molecular Biology, Polymer Chemistry
○Research theme : Synthetic Biology
○Laboratory HP :
 http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/seika/bio_mole_eng/TOP.html

生命は高分子合成の
スペシャリスト

 生物は、DNAやタンパク質・デンプンなど多様な高分子(分子量が10,000を超える大きな分子)を合成し、生命活動に利用しています。生体内で高分子が合成される際には、重合酵素が重要な役割を果たします。細胞内には、重合可能なモノマー分子が無数にあり、重合酵素はその中から特定の分子だけを選んで重合します(ですから、DNAとデンプンなどを別々に合成できます)。酵素がある特定の分子だけと反応できる性質を「基質特異性」と呼びます。
 我々は、ある種の微生物が貯蔵物質として産生するポリエステルを研究しています(図1)。このポリエステルの特徴は、化学合成プラスチックのようにフィルムなどに成形できることです(図2)。微生物がどのようにしてポリエステルを合成しているか、という理学的興味と、この仕組みを有用な物質生産に利用できないか、という工学的な関心を両輪として研究を進めています。天然のポリマーをプラスチック製品の材料として利用するには、ポリマーの分子構造を制御する必要があります。この際に重要となるのが、重合酵素の基質特異性です。モノマーの化学構造を変えることができれば、ポリマーの構造が変わり、最終的に材料物性が変化することになります。

図1 図1 微生物内に蓄積されたポリエステル顆粒。蛍光色素で染色している。 Figure 1 :Microbial cells accumulating polyester granules. Polymers are stained by fluorescent dye.

図2 図2 天然で合成される3-ヒドロキシ酪酸をモノマーユニットとするポリエステルのフィルム(左)と人工的に改変した合成系で合成された乳酸を含むポリエステルの透明フィルム(右)。乳酸のフィルム(右)では、背景の文字をはっきりと読むことができる。 Figure 2 : Transparent film of engineered microbial lactate-based polyester(right) compared to opaque natural microbial polyester poly (3-hydroxybutyrate) (left) .

天然を学び、天然を超える
乳酸ポリマーの合成に成功

 我々の研究グループでは、ポリエステルの重合酵素に天然には存在しないモノマーを加えて、重合できるかどうかを調べています。さらに、重合酵素の基質特異性を人工的に改変することで、天然では合成されないような新しいポリマーを微生物合成するということに取り組んでいます。
 中でも、最近世界で初めて合成に成功した乳酸ポリマーは、他の微生物産生ポリマーとは異なり透明性と柔軟性を兼ね備えた優れた物性を示すことが分かりました(図2)。通常、微生物は乳酸を老廃物として排出するので、それを敢えて重合しませんが、人間の目線では乳酸ポリマーは有用だったのです。このように、生命システムには、ずっと発揮されることのなかった隠された機能が眠っていることがあります。それを探索するのがこの研究の面白いところです。

technical term
酵素 生物が作り出す触媒作用を持つタンパク質。上記の乳酸重合酵素など自然界に存在しない酵素の開発も進んでいる。