特集01

微生物は敵か味方か?
Microorganisms are angel or evil?

マルチスケールのプロジェクトをけん引。 材料学問部門 材料数理学研究室 教授 毛利 哲夫

[PROFILE]
○研究分野/応用微生物学、天然物化学、生合成工学
○研究テーマ/生合成工学による創薬・微生物が持つ新規代謝経路の解析
○研究室ホームページ
 http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/tre/

Tohru Dairi : Professor
Laboratory of Applied Biochemistry
Division of Biotechnology and Macromolecular Chemistry
○Research field : Applied Microbiology, Engineering of Biosynthesis
○Research theme : Biosynthetic Stuydies on Natural Products
○Laboratory HP :
 http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/tre/

1グラム中に108
微生物を用いた「もの造り」

 皆さんは、地球上に最も多く存在する生物は何だと思いますか? 答えは微生物です。微生物は土壌1グラム中に108個も存在すると言われ、ヒトに役立つものも多くいます。例えばお餅に生える青かびは見た目は悪いのですが、かつてペニシリンという世界初の抗生物質の生産に用いられ多くのヒトの命を救った恩人なのです。その後多くの抗生物質が微生物の培養液中に発見され、実際の医薬品として開発されてきました。しかしその多くは、水溶性を上げるため、また毒性を軽減させるため、微生物が作った化合物を有機化学反応で改変して使われています。その際に高温高圧の化学反応が必要な場合も多く、環境負荷やコスト面で問題となります。
 そこで筆者の研究室では、工学におけるもの造りである生合成工学という観点から、薬の原料の効率的生産プロセスの開発を試みています。具体的には微生物がこれら抗生物質を作りあげる際に使う酵素触媒やその設計図となるDNAを詳細に解析し、これらを改変、あるいは上手く組み合わせることで、より有用な原料の生産を試みています(図1)。

図1 図1 生合成工学による代謝産物の改変 Figure 1:Biosynthetic engineering to alter end-products.

有用な微生物を生かしたまま
病原菌を殺す抗菌剤を開発

 ペニシリンに代表される抗生物質は、これまで「細胞壁」など、ヒトには無く、微生物が特異的に持つ「構造体」をターゲットに、これらの合成を止める薬剤を探索することにより開発されてきました。この方法は大成功を収めましたが、反面ヒトに役立つ乳酸菌なども十把一絡げに殺すため、抗生物質が全く効かない多剤耐性菌が出現する原因となりました。特に近年、既存の抗生物質が全く効かない病原菌が出現し社会問題化しています。
 こうした現状を踏まえ、我々は、病原菌のDNA配列のデータベースを精査することにより、病原菌に特異的な代謝経路を探索しています(図2)。一つの成果として、胃がんの原因菌であるピロリ菌は、呼吸に必須なメナキノンという化合物を全く新しい経路で合成することを見出しました。現在、この新規経路を止める抗生物質の探索を行っています。

図2 図2 生合成工学による新規ターゲットの探索 Figure 2:Search for new targets to develop antibiotics.

technical term
生合成工学 物質がどのように造られるのかを解明し、その知見を活用して工学的なアプローチからもの造りを行う研究分野。