特集02

原子を、直接、イメージングする
Direct imaging of an atom

応用物理学部門
生物物理工学研究室
教授 郷原 一寿

[PROFILE]

見ることは理解への第一歩
未来を拓く回折イメージング

見るということは、五感の中でも格段に大きな割合を占めています。百聞は一見に如かず、見ることは理解することの第一歩なのです。科学技術の長い歴史の中で、見ること、即ちイメージングに関する多くの手法が考え出されています。中でも、原子のスケールでイメージングすることは、分野を超えて大きな影響を与えることにつながります。

ワトソン・クリックによるDNAの構造解明(1953年)は、その典型的な例であり、結晶構造解析と呼ばれる手法が重要な役割を果たしています。この手法は、原子が周期的な規則配列をした、結晶と呼ばれる構造の場合にのみ適用できる手法です。もちろん、DNAは生体内では結晶として存在しているものではありません。したがって、誰もDNAを単体で見たことはないのです!

約10年前に、回折イメージングと呼ばれる新たな手法の出現により、結晶でない物質でも原子スケールのイメージングを可能とすることに道が開かれました。私は、この新たな手法の“原理と広範な適用領域”に強い興味を持ち、電子を用いた回折イメージングを研究室のテーマの一つとして加えました。


図1 2003年4月1日、日立グループを代表し、中村道治専務研究開発本部長をお迎えし、協定書の調印式が行われた。写真左:中村睦男北大総長(当時)、写真右:中村道治専務(当時)

北海道大学「第三の使命」
産学連携でアイデアを形に


図2 一つ一つの炭素原子を識別できる高分解能で単層のカーボンナノチューブ(SCNT)をイメージングすることに成功。上(SCNT)、下左(白枠の拡大図)、下右(拡大図に対応した原子配置)

北海道大学の産学官連携ポリシーには、こう記されています。『北海道大学は、教育と研究という基本使命に加えて、研究成果の社会還元を「第三の使命」として位置づけ、その基本理念と長期目標に則り、長期的視野を持った基礎研究から社会の要請に応える応用研究まで、創造性豊かな研究を行い、その成果を積極的に社会に還元する』(抜粋)。

このように大学が公式に掲げる使命のもと、2003年4月1日、北大は株式会社日立製作所と、最初の包括的な産学連携に関する協定を締結しました(図1)。続く2004年11月には、私の提案した"電子回折イメージング専用装置の研究開発"がそのテーマとして採り上げられ、共同研究がスタートしました。

2008年には、基本原理を検証する専用装置を共同開発し、2011年には、一つ一つの原子を識別できる高分解能で単層のカーボンナノチューブ(SCNT)をイメージングすることに成功しました(図2)。SCNTは、軽元素の炭素原子から構成されており、チューブ状の立体構造をしているため、それまで誰もこの分解能でイメージングに成功した例はありませんでした。今後、単体のDNA、タンパク質などを原子分解能で3次元イメージングすることが期待されており、基礎と応用へのさらなる展開を進めています。また、共同研究の過程で、産学両者から博士(工学)の学位を取得された優秀な方達を輩出することができ、物創りを通して人を育てることに貢献できた例でもあります。