知が人をつくり、世界への扉を開く

馬場 直志先生

基礎的かつ広範な学力を身に付けることで
社会での活躍の場も広がります。

PROFILE

工学研究院長・工学院長
馬場 直志

Professor Naoshi Baba, the Dean of the
Faculty of Engineering

1950年札幌で生まれ、網走、帯広を経て小学3年生から再び札幌。1973年3月北海道大学工学部応用物理学科卒業、1978年3月大学院工学研究科応用物理学専攻博士課程修了。その後、千葉大学工学部助手、北海道大学工学部講師、助教授を経て1998年4月教授に昇任。2010年4月から工学研究院長・工学院長に就任。

学問の修得の末に身に付く就職力

─はじめに新入生へ一言お願いします。 工学研究院長・工学院長 馬場 直志 馬場 工学院の修士課程および博士後期課程に入学されました皆さまを、工学研究院の教職員ともども、心より歓迎いたします。近年の社会情勢では、厳しい就職率の話題が頻繁に取り上げられ、皆さんも入学早々に「就職」の二文字が大きな関心事であることと思います。では、採用側は学生に何を求めているのでしょうか。巷では「重視するポイントはコミュニケーション能力」というフレーズをよく耳にし、"それも一理ある"ことは我々も十分理解しています。とはいえ、やはり何を置いても学生時代になすべき本分といえば、基礎的な学力を身に付けることに他なりません。大学でしっかりと専門的な学問を修めることは、コミュニケーション能力の向上とも決して無縁ではないのです。
 例えば、修士論文や博士論文を書き上げる過程では、先輩や同期、教員たちと真剣に意見を交わし、議論を重ねることでコミュニケーション能力が鍛えられます。学会発表などは自分の意見を人前で伝えるプレゼンテーションの経験を積む場になり、先輩がたの発表を聞くことも大変参考になります。これら全てのことが、基礎学力を修めんとする過程で身に付く副産物であり、やがては就職活動に大いに生かされていくものとなるでしょう。そのためにも、まずは学問をおろそかにせず、皆さんが工学院での学びの日々に真摯に取り組むことを切に願っています。

豊かな『全人教育』を実践
双峰型教育 で履修科目も充実

─工学院は2010年から新たな体制を迎えました。
あらためて優秀な人材を輩出するための教育理念をお聞かせください。
馬場 本学が掲げる教育理念に『全人教育』すなわち「豊かな人間性と高い知性を兼ね備え、広い教養を身につけた人材育成」があります。これを受けて工学院では従来より「双峰型教育」※を実践しており、進展する先端工学領域に柔軟に対応でき、かつ果敢に挑戦できるような広い素養と柔軟な思考力が身に付く教育システムを提供しています。他に、大学院共通授業科目も100科目近く開講されており、理工系のみならず文系や医系の科目の履修も可能です。幅広い分野の科目から、ぜひとも広範な知識を修得するようにしてください。

「双峰型教育」解説 : 主専修として所属専攻の科目、副専修として所属専攻以外の専攻の科目を履修するもの。

北海道大学の先陣を切って
「ダブルディグリー・プログラム」

えんじにあRing 編集長 矢久保 考介聞き手 広報・情報管理室長
「えんじにあRing」編集長
工学研究院・教授
矢久保 考介

馬場 次に、本学の教育理念の一つに『国際性の涵養』があります。今期の中期目標である「教育の国際的通用性を向上させ、学生の国際的流動性を高める」ために、国際的に通用する単位互換制度の構築が進んでいます。その一例が「ダブルディグリー・プログラム」です。これに参加する学生は、本学と協定を結んだ外国の大学に一年程度在学し単位を修得し、本学と協定大学の定めた修了要件を満たすと、双方から修士号もしくは博士号の学位が授与されます。工学院では、昨年10月から北海道大学の中でも先陣を切ってポーランドのAGH科学技術大学と本プログラムを実施しています。今春にはタイのアジア工科大学(AIT)やソウル大学校工科大学とも協定を結ぶなど、その他にもいくつか進行中の案件があります。こうしたダブルディグリー・プログラムや短期・長期留学プログラムへの積極的な参加などにより、本工学院生の国際性が涵養されることを強く望みます。
 一方、学内では、英語による教育と研究指導を行う「英語特別コースe3プログラム」(English Engineering Education Program)を工学院の全専攻対象としています。主に外国人留学生が対象でしたが、日本人の学生にも「英語での勉強になる」と大変好評で年々受講者が増えています。受講を通じて海外留学や外国企業への就職など将来の選択肢もさらに広がることでしょう。

ノーベル賞受賞者を輩出した
キャンパスから夢はつながる

ノーベル賞授賞式の一環として王室を招いての晩餐会やコンサートなど華やかな催しが行われた。写真は当日のメニューやコンサートパンフレット。 ノーベル賞授賞式の一環として王室を招いての晩餐会やコンサートなど華やかな催しが行われた。写真は当日のメニューやコンサートパンフレット。 Special events, including a banquet attended by the royal family and a concert, were held as part of the Nobel Prize Award Ceremony. The photo shows the menu and concert program of the day.

─昨年は<鈴木章名誉教授 ノーベル化学賞受賞>という大変栄誉な知らせに日本中が沸きました。 馬場 皆さんもご承知の通り、ノーベル賞受賞とは誰もがそう容易になし得るものではありません。あらためて鈴木先生の偉業に心よりお祝いを申し上げます。鈴木先生も折りに触れておっしゃっていますが、本学の緑豊かなキャンパスでの研究生活が今回のノーベル賞受賞を育む環境にあったことは、我々の大変な誇りであり、次に続く者の励みとなります。
 今後、第二、第三の鈴木章先生を育てるためには、鈴木先生もおっしゃっているように内向き志向ではなくできるだけ若いうちに外国へ行き文化に触れることが良いのではと思います。当工学研究院では工学系教育研究センター(CEED:Center for Engineering Education Development)での「海外インターンシップ派遣」などもありますので、そのような制度を大いに活用しどんどん海外へ出てほしいと思います。

─鈴木先生といえば、馬場研究院長もスウェーデンでの授賞式に同行されたとか 馬場 ノーベル・ウィーク(歴代の受賞者に続きノーベル・ファミリーの一員として迎えられる一週間)は、ノーベル賞博物館での受賞者顔合わせから始まり、スウェーデン王立科学アカデミーでの記者会見、レセプション、ノーベルレクチャー、ノーベル賞コンサート、そして授賞式、晩餐会など月曜日から金曜日まで毎日スケジュールがびっしりとつまっていました。ノーベル賞博物館には、通常受賞者しか入ることができないのですが、同行した当研究院の山本助教が持参した「パリトキシン」という分子模型を現地で組み立てるとあって、今回に限り同行者の一部も中まで入ることができ、恒例行事となっている館内で使用する椅子の裏へのサインなどを目の当たりにすることができたそうです。
 授賞式では、授賞の合間に演奏されたシューベルト「軍隊行進曲」のリズムに合わせてエナメルの靴をお召しになられた国王がステージ上で足を小刻みに動かしリズムをとり楽しんでおられる様子が見受けられ非常に印象に残っています。授賞式後の晩餐会では、まず会場に入ると約1,300名分の座席表をもらい自分の席につきます。私の隣はスウェーデン・アカデミー会員のご婦人でしたが、5~6回程の出席経験者とあり非常に慣れており、隣席の方々への配慮も素晴らしいものでした。晩餐会の食事のメニューは、1年前から考えられていると言われており、当日まで公開されないようです。今年は、前菜「カモのテリーヌ」、メイン料理「ヨーロッパカレイのトリュフ入りブラウンソース」、デザート「チョコレートのオレンジババロア」の3皿でしたが、飲み物はシャンパン、ワイン、デザートワイン、コーヒー、ブランデー、シェリー酒などかなり充実していました。食事の合間にはいろいろなパフォーマンスが用意されており、食事中は会話を楽しみながら、パフォーマンスの最中は鑑賞しながらの2時間半で、とても良い思い出となりました。晩餐会での歴代のメニューは、市庁舎のレストランでディナーとして2万円程度で誰でも食べることができるようです。最高気温はマイナス5度という厳寒のストックホルムで鈴木先生をはじめ同行者も体調を崩さずに参加できたことを非常に嬉しく思います。こういう世界の壇上に"第二、第三の鈴木先生"となる逸材を送り出せる日がまた訪れることを願って、新入生の皆さんの充実した研究生活を応援しています。 ─本日は、どうもありがとうございました。