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「膜ろ過」が世界を変えます。

今の水処理技術は100年前の技術

我々が飲み水を作るために使っている技術(浄水処理:急速砂ろ過法)、汚れた水をきれいにするための技術(下水処理:活性汚泥法)では、現代・次世代の水問題への対応が難しくなってきています。これらの技術は100年以上前に開発された技術であり、今の時代での適用が難しくなってきているのは当然であるのかもしれません。サイズが0.1ミクロンよりも小さな孔しか開いていない特殊なろ材(膜)を用いた水処理、「膜ろ過法」を用いることにより、これまでの水処理とは段違いに上質の処理水を得ることができるようになります。

「膜」表面の電子顕微鏡写真。約0.1ミクロンの穴が無数にあいている。
左:現在の技術(活性汚泥法)で処理した下水、
右:膜ろ過法で処理した下水。

水の輸送にエネルギーを使いすぎ

膜ろ過法が現在の水処理技術と大きく異なる点の一つは、小規模分散型の処理に向いているということです。現在は小規模分散型とは真逆となる一極集中型の処理(大きな処理場を作り、大量の水をまとめて処理する)を行っているケースがほとんどです。一極集中型の水処理では、遠くまで水を運ぶ(または遠くから水を集める)ため、水の輸送に大きなエネルギーとコストがかかります。

一極集中型の水処理。水の輸送に膨大なコストとエネルギーがかかる。

生体模倣の都市内水代謝へ

我々は巨大なエネルギーを使い、都市内で水を動かして利用しています。必要な場所で必要な水質を、必要な量だけ取り出すことができるようになれば、都市全体でのエネルギー効率は大きく向上します。都市全体を一つの生体とみなし、生体における代謝活動になぞらえた都市の水代謝が北大元総長・名誉教授の丹保憲仁先生により提唱されています。都市における水代謝は、生体の模倣であるべきです。これを可能にする技術が膜ろ過です。

「膜ろ過」を用いた都市内水代謝。

分散型の処理へ移行すれば、例えば、個別のマンション・あるいは学区域単位などで極めて上質の下水処理水を得ることができます。都市内に出現する「無料の」高度処理水は、さまざまな用途での下水再利用を促進するのではないでしょうか。トイレの洗浄水などへの再生水活用はすでに一部で進んでいますが、無料の高度処理水を処理場周辺の路面に散布すれば都市内ヒートアイランド現象の緩和なども実現できそうです。

人口減少圧力下でこそ活用される膜ろ過

急速な人口減少に伴い、地方部での水道ネットワークの維持が難しくなっています。これも一極集中型の弊害です。ここでも膜ろ過を活用できます。遠くの浄水場・配水池から水を運ぶのではなく、地下水他の近隣水源を原水として小規模分散型の膜ろ過浄水施設を多数配置すれば、水道ネットワークは今よりもぐっと簡素になるはずです。水道水水質の向上も、多くの場合で期待できるでしょう。


下水処理も、人口減少により今後の維持が難しくなります。現在の下水処理維持管理費の大半が人件費となっています。運転の自動化が容易になる膜ろ過法の導入により、人件費を大きく削減できます。別掲するMBRでは処理に伴って発生する汚泥量が減るので、別の面からも維持管理費を削減できます。日本が世界で初めて経験する急速な人口減少に対しても、膜ろ過が有効な対応手段となりそうです。

世界を変え、人類を救う膜ろ過

水を利用するために膨大なエネルギーが世界中で使われ、世界中で水が足りなくなっています。水が原因となる国際紛争の勃発すら心配されています。食料の大半を輸入している日本は、ヴァーチャル・ウォーター(仮想水)の形で大変な量の水を輸入しているとも言え、深刻な水不足はすぐそこにあると考えておいたほうがよいのかもしれません。膜ろ過を使えば賢明な水の使い方が可能になり、持続可能な社会に近づくことができます。

膜ろ過は世界の水問題を解決し、人類を救うかもしれない技術なのです。

膜を使った下水処理(MBR)が都市を変える

1989年、生物反応槽に膜モジュールを直接浸漬させて膜ろ過と微生物による汚濁物の分解を単一反応槽で同時に進行させる画期的なアイデアが東大の山本和夫先生により提唱されました。膜分離活性汚泥法(MBR)と呼ばれる技術です。

MBRはこれからの都市水代謝の基盤となるべき技術であり、広く普及すれば現在の都市が抱える様々な問題を解決できます。

コンパクトで、清潔感が高いMBRを用いた下水処理場。
MBRの中に浸漬されている平板型の膜。

今そこにある下水道問題を解決できるMBR

MBRを採用した下水処理場では、必要となる敷地面積が従来の処理施設の半分以下になることが分かっています。これから日本中で必要となる下水処理施設の更新時にMBRを採用すれば、土地が余ります。現在の下水道(合流式)では、設計時の基準を超える強い雨が降ったときに一部の下水が未処理のまま放流されてしまうという問題(CSOと呼ばれます)があり、この解決のために世界中の下水道技術者が頭を悩ませています。MBR導入に伴って使わなくなる巨大な水槽(ばっ気槽か沈殿池)を大雨が降ったときの一時貯留池として用いればよいのです。CSOへの対処のため、巨大な雨水貯留管が各地で建造されていますが、MBRを導入すれば既存施設の活用により低コストでCSO問題を解決できます。しかも、処理水質はこれまでの処理水質よりも飛躍的に向上するのです。


MBRを使った下水処理により、これまでの活性汚泥法による下水処理とは明らかに異なるレベルの処理水を得ることができます。水の汚濁度を表すためによく用いられる指標にBOD(生物化学的酸素要求量)というものがあります。生の下水のBODは200くらい、活性汚泥法を用いた下水処理によりこれが10から20に下がります。汚れた川のBODが7−8くらい、山奥の渓流に見られるような清冽な流れでBODが1くらいです。MBRを用いた下水処理では、BODをほとんど「ゼロ」にできます。MBRが広く普及すれば、下水処理水が放流されている川や海の水質が劇的に改善されます。東京湾の水質を分析・予想するための強力なシミュレーションが実施されたことがあります。同じシミュレーションで、MBRで処理が行われた場合の東京湾水質(COD)の変化を図示したものがこちらです。

少し控えめな処理水質を入れた計算でしたが、MBR導入に伴う明らかな水質改善効果が読み取れます。東京湾などの閉鎖性水域における環境基準の達成率がここ数十年なかなか向上しません。MBRを用いた場合にはほぼ完全に東京湾の環境基準を達成できるようになるという計算結果が得られました。世界に先駆けてMBRによる公共用水域の劇的な水質改善を達成し、都市生活の高度な利便性と健全な水環境の創出を日本中で両立させられれば、世界から賞賛されるのではないでしょうか。羽田空港から浜松町へ向かうモノレールから、東京湾の海底・運河の底が透けて見えるような状況をいつも夢想しています。

東京や大阪のど真ん中でこんな水環境を楽しめるようになれば素晴らしいと思います!

「エネルギー・資源」としての下水の活用。

下水に含まれるエネルギー

我々がやっかいなものとして周辺から排除して処分している下水には、未利用のエネルギー・資源が大量に含まれています。これからは下水に含まれるエネルギー・資源を活用してゆくべきです。このために、膜ろ過を用いることができます。下水に含まれる未利用資源の中で、もっとも大きな潜在的価値を持つものは「熱」です。下水に含まれる大量の熱を活用するためには、大量の下水がいつでも存在している下水処理場と、熱を使いたい利用者が近接している必要があります。現在の下水処理場は都市外縁部に配置されていることが多く、下水の熱を利用しづらくなっています。

札幌市内の下水処理場(赤い四角)配置図。郊外部に下水処理場が配置されている。

MBRの導入で熱回収推進

都市計画を見直し、都市中心部に膜利用型の下水処理場(MBR)を新たに設置するのはどうでしょうか。コンパクトな膜利用型下水処理場は地下への建設も可能であり、周辺への影響もほとんどないことが実施設で確認されています。都市中心部への下水処理場の配置はこれまで実施されることが少なかった下水からの熱利用を促進することでしょう。もちろん、MBRから得られる高度処理水を活用した水再利用も進むはずです。

福岡県新宮町のMBR下水処理場。公園の地下に大部分が設置されており、下水処理場とは思わない人が多いのでは。
街の中心にMBR処理場があれば、熱や高度処理水の活用が進みそう。

現在の一極集中型下水道管路の維持・更新は近い将来に日本中・世界中で大問題になります。突然の道路陥没は大惨事を引き起こす可能性があります。下水道管路の維持・更新を速やかに進めるべきなのですが、ほとんどの下水道事業体で十分な財源がありません。数十年〜百年かけて現在の下水道管路を更新する計画が各地で立てられていますが、百年先の状況は全く分からないのです(百年前に今の下水道整備が想像できたでしょうか)。もし下水からエネルギーを取り出せる(お金を儲けられる)ならば、下水道管路の維持・更新にもっと財源を回す動機になるのではないでしょうか。

下水中の有機物を活用

下水からの資源回収として、上述した熱の他に、有機物も有力です。現在の下水処理(活性汚泥法)では、大変な量のエネルギーを注入して下水中の有機物を水と二酸化炭素に分解しています。処理の方法を変えれば(嫌気性処理を使えば)、有機物からエネルギー(メタン)を取り出すことができることは、古くから知られています。しかし現時点では、ふつうの下水処理に嫌気性処理を適用する事例は極めて希です。この理由ははっきりしています。ふつうの下水中に含まれる有機物の濃度が、嫌気性処理適用には低すぎるのです。

膜で下水中有機物を濃縮

都市下水中有機物の「サイズ」に注目してみます。有機物の70−80%は、大きさが0.1ミクロン以上で下水処理場に入ってきます。膜ろ過を使えば、これらの「大きな」有機物を濃縮できます。そして、嫌気性処理の適用が可能になります。大まかな計算では、現在下水処理に用いているエネルギー(0.3 kWh/m3)よりも大きなエネルギーを、特別な技術を用いることなく濃縮した有機物から回収できそうです。

本研究室で提案している下水の直接膜ろ過。沈まないような有機物も膜で濃縮・回収。

膜ろ過を用いた下水の濃縮において問題となるのが膜の目詰まり(膜ファウリング)です。生下水の直接膜ろ過において発生する深刻な膜ファウリング制御のためには、高効率な膜洗浄を用いる必要があります。水再生工学研究室では実下水の直接膜ろ過に取り組んでおり、独自に開発した膜洗浄方法を用いることにより下水の50倍濃縮(1リットルの下水が20ミリリットルになる)を安定して達成できることを実証しています。もう少し性能を向上させられれば、実際の下水処理場への導入が視野に入ってくるところまで来ています。