特集 03
量子ビームを使ったがん治療~医学と工学の融合~ Cancer therapy using quantum beams 〜fusion of medicine and engineering〜

工学と医学の力を合わせて
患者のためのチーム医療を
応用量子科学部門 量子ビーム応用医工学研究室 准教授
松浦 妙子
「術場のメス」でがん細胞に挑む臨床現場で役立つ医工学研究
高齢化社会の到来に伴い、侵襲性の低い放射線治療の役割が拡大しています。放射線治療が目指すのは、周辺臓器を無傷に保ったまま腫瘍にのみダメージを与えてがん細胞を死滅させることであり、陽子線をはじめとする量子ビームはこのポテンシャルを最大限持つため、しばしば「術場のメス」にたとえられます。この「メス」を上手く活用するには、放射線医学で求められていることを理解し、臨床現場で使ってもらえるものを開発する必要があります。我々の研究室は、教員が全員工学部に所属しながら北大病院医学物理部も兼務しており、医師や放射線技師、メーカーの研究者と議論を重ねながら、ともに治療成績を向上させるための研究開発を行っています。図1は、このようにして開発された装置の一例です。陽子線治療の際に患者さんが動いてしまうことで起きる照射ムラを抑制し、かつ陽子線の照射時間を大幅に短縮することができ、日々各地の臨床現場で活躍しています。

体内のどこに当たったか陽子線照射位置を可視化する
私が北大に着任したのは、最先端の陽子線治療装置を開発する産学連携プロジェクト(中心研究者:白土博樹教授)がきっかけでした。2014年に関係者全員が見守る中、最初の患者さんの治療が開始されましたが、この時、事前の検証試験は十分すぎるほど行ってきたものの、陽子線が(当然ながら)色も音もなく、どこに照射されたか見える術がないことに不安を感じたことを覚えています。この経験がもととなり、研究室では陽子線照射位置をリアルタイムで可視化するための技術開発を行っています。陽子線は、患者さんに照射された際にごくわずかな超音波を出します。この信号を捉えることで患者さんの体内で、どこに陽子線が当たったかを可視化し、治療をより安心して受けられるものにしたいと考えています(図2)。研究室ではこの他にも、北大発の動体追跡スポットスキャニング照射法や治療直前や治療中に患者さんを精度よく位置決めするための画像誘導技術、細胞に与えるダメージを最大化しつつ副作用を減らすための陽子線生物モデル開発などを通じて、陽子線という「メス」の確度を上げる技術開発を進めています。

Technical
term
- 動体追跡スポットスキャニング照射法
- 患者の呼吸などで動く腫瘍を精度よく狙い撃ちするため、腫瘍近傍に留置された金マーカをX線透視装置で追跡しながら、特定の位置にマーカが来た時のみ待ち伏せして陽子ビームを照射する技術。