特集・研究紹介

工学研究院・工学院の
先駆的な技術を発信します。

No.426 2021年08月号

宇宙ミッションと工学

特集 03

月面基地に使ってもよい火災安全性の高い固体材料かどうかをどう評価する? How to evaluate solid material with high fire safety that can be used for Lunar base?

宇宙での安全を守るために
サイエンスに基づいた指標を作る

機械・宇宙航空工学部門 宇宙環境応用工学研究室
准教授
橋本 望

[PROFILE]

出身高校
北海道札幌西高等学校
研究分野
燃焼工学
研究テーマ
固体粒子群の火炎伝播、燃料液滴の蒸発、固体燃焼数値シミュレーション、アンモニア高温空気燃焼技術

宇宙の火災事故を防ぎたい!固体材料の火災安全性を検証

他に逃げ場がない有人宇宙船や宇宙ステーションの内部での火災は、絶対に防がなくてはなりません。ところが宇宙船や宇宙ステーションには火災事故の原因となりやすい電線の被覆材をはじめ、可燃性の固体材料がたくさん使われています。我々の研究室では人工的に作り上げた短時間の微小重力(無重力)環境を利用し、固体材料の火災安全性が地上の通常重力環境下と比べてどのように変わるかを調べてきました。

その結果、固体材料の種類によっては微小重力環境下の方が燃え広がりやすい、すなわち火災安全性が低くなることが分かってきました。これを踏まえて次は、長時間の微小重力環境で調べるための実験装置(SCEM)が2020年5月に国際宇宙ステーション(ISS)に打ち上げられました。宇宙飛行士による宇宙実験の準備が進んでいます。

様々な低重力レベル環境を作る新たな実験装置を開発中

米国が中心となって計画し、日本も参画しているArtemis計画では、月面基地の建設が予定されています。月面では前述した微小重力環境とも通常重力環境とも異なる低重力環境が広がっています。我々がこれまでに実施してきた数値シミュレーションによると、地上のわずか1/6という低重力であってもその影響は大きく、同じ固体材料でも宇宙ステーションと月面では火災安全性が大きく異なることが予測されています。このことを確かめるために現在、我々は新たな実験装置を開発しています(図1)。この装置は固体材料の燃え広がり試験部全体を回転させ、遠心力によって重力加速度を与え、その回転数を制御することで月面や火星面など様々な低重力レベルの環境を自在に作り出せる特徴を持っています。開発が順調に進めば、2024年度にISSへ打ち上げられる見込みです。

こうした実験を積み重ね、最終的にはどのような固体材料であれば月や火星に建設する基地に使用しても火災に対して安全か、という指標を提示することが我々の目標です。宇宙という極限状態に挑む工学のチャレンジは、いつの時代も最先端の知見やサイエンスを生み出してきました。その知見が地上にもフィードバックされていくところに、飽くことのない面白さを感じています。

図1 低重力環境下における固体材料火災安全性評価実験装置の開発 Figure 1 : Development of fire safety evaluation apparatus for solid materials under low gravity condition

Technical
term

Artemis計画
2024年に有人月面着陸、2030年代に有人火星着陸を目指すNASAのプロジェクト。日本のJAXAやカナダ宇宙庁等が国際パートナーとして参画している。