時間分解高次高調波分光

高次高調波発生 (High-order Harmonic Generation, HHG) は,フェムト秒~アト秒の極端紫外パルス光源として有用であるだけでなく,高調波の発生源である原子や分子の状態を測定することにも利用できます.
高次高調波の発生過程は,次の3段階モデルで理解されています(図1)[1]:

①強いレーザー電場によって原子や分子のトンネルイオン化が引き起こされて,電子波束が放出される,
②レーザー電場によって,放出された電子波束が加速される,
③電子波束が親イオンへと衝突(再結合)して短波長光を放出する.

図1. 高次高調波発生の概念図

高次高調波は,イオン化によって原子・分子から引き剥がされた電子と,原子・分子に取り残された電子との相互作用によって発生するため,高次高調波には原子・分子の電子状態に関する情報が転写されていると考えられます.高次高調波のスペクトル強度や位相,偏光状態の観測を通じて原子・分子の電子状態を探る手法は,高次高調波分光 (High Harmonic Spectroscopy, HHS) と呼ばれています.
高調波の発生過程で,トンネルイオン化という極めて非線形性の強い現象を経由するため,HHSは分子の最高被占軌道 (HOMO) の状態を選択的に観測できるという大きな特徴をもっています.
これまでに,HHSによって基底状態にある窒素分子のHOMOのイメージングが実現しています [2]. さらに,振動励起および電子励起のためのポンプ光との相対遅延の関数として高調波信号を測定する手法である時間分解高次高調波分光 (TR-HHS)により,SF6 [3] や N2O4 [4]の振動ダイナミクス,Br2 [5]やNO2 [6]の光解離ダイナミクスなどの観測が行われてきました.これらの先行研究は,TR-HHSが分子の電子状態と振動状態の双方に敏感であることを示しています.価電子と原子核のダイナミクスを同時に観測できるTR-HHSは,超高速化学反応ダイナミクスの解明に極めて有用な分光手法であると考えられます.
しかしながら,TR-HHSの適用対象は,小さな分子の光解離ダイナミクスの観測に限られているのが現状です.その最たる理由は,興味深い光誘起反応を起こす有機分子の多くは常温で凝縮相にあり,気相において高次高調波信号を観測するのに十分な分子数密度を達成するのが難しいことにあります.
我々のグループでは,このTR-HHSの限界を打破し,TR-HHSを汎用かつ実用的な手法として確立するための研究を始めています.

[1] P. B. Corkum, Phys. Rev. Lett. 71, 1994 (1993).
[2] J. Itatani et al.Nature 432, 867 (2004).
[3] N. L. Wagner et al.PNAS 103, 13279 (2006)
[4] W. Li et al.Science 322, 1207 (2008)
[5] H. J. Wörner et al.Nature 466, 604 (2010).
[6] H. J. Wörner et al.Science 334, 208 (2011).