時間遅延補償分光器(TDCM)の開発

高次高調波は,高次高調波を発生させるのに用いたレーザーパルス(基本波)と同軸に発生し,同じ経路を伝搬します.分光応用にあたって,基本波の成分を取り除き,高調波のスペクトルを狭い周波数領域に限定して用いることができれば,応用の幅が大きく広がります.そのため,基本波の分離,および高調波の次数間の分離は長年の課題となっていました.
高次高調波を時間分解分光へ応用した最初の研究は,我々が知る限りでは,1993年にHaightらが報告した Ge(111) 面上での空状態のダイナミクスに関する研究です [1].この実験では高調波による光パルスを光電子分光へと応用したため,高調波の次数を分離して高調波のスペクトルを狭める必要がありました.彼らは,シンクロトロン放射光と同様に1枚の回折格子を用いて高調波の次数分離をおこないました.しかしこの手法では,回折格子によって導入される空間的な分散により,次数分離された後の高調波パルスの時間幅が長くなってしまいます.なぜなら,回折格子の溝1本につき光束間の位相が2πずれるため(ビームの断面内にある溝の本数をNとすると,断面の両端間の位相差は2Nπ),パルス面 (pulse front) が傾くことで実効的なパルス幅が伸びてしまうからです(図1).

そこで,回折格子によるパルス幅の伸びを補正する光学系が提案されました(図1)[2].このような光学系は時間遅延補償分光器(time-delay compensated monochromator, TDCM)と呼ばれています.回折格子を2枚用いることで,1枚目の回折光子によって導入されるパルス面の傾きを,2枚目の回折格子を用いて逆の傾きを与えることで補正するのです.
我々のグループでは,図1 に示されているようなトロイダル回折格子対を用いたTDCMを製作し,その性能評価をおこないました [3-5].その結果,光子エネルギー 32.6 eV(チタンサファイアレーザーの21次高調波)において時間幅 11 フェムト秒という超短パルス極端紫外光を作り出すことに成功しました.
TDCMを用いて,適度にスペクトル幅が制限された超短パルス極端紫外光を作り出すことで,極端紫外領域において高いエネルギー分解能と高い時間分解能を両立させた分光実験が可能になりました.我々のグループでは,この光源を時間分解光電子分光へと応用することで,分子の超高速ダイナミクスの解明に挑戦しています.

図1. 時間遅延補償分光器 (TDCM) の概略図.点線はパルス面 (pulse front) を示しています.赤線の間隔が実効的なパルス幅に対応します.

[1] R. Haight and D. R. Peale, Phys. Rev. Lett. 70, 3979 (1993).
[2] P. Villoresi, Appl. Opt. 38, 6040 (1999).
[3] M. Ito et al., Opt. Express 18, 6071 (2010).
[4] H. Igarashi et al., Opt Express 20, 3725 (2012).
[5] T. Sekikawa “Gratings for Ultrashort Coherent Pulses in the Extreme Ultraviolet” in Optical Technologies for Extreme-Ultraviolet and Soft X-ray Coherent Sources (Springer, 2015)