特集 05
光による電子・核スピン操作と、新規半導体材料の探索 Optical manipulation of electron-nuclei spin system and exploring new semiconductor materials
台湾で実感する半導体最前線熱気に押されて研究意欲も上向きに
応用物理学部門 極限量子光学研究室 准教授
鍜治 怜奈
光を使って結晶格子の核スピン集団を操作する
近年、量子力学的な性質を利用した暗号通信や演算処理が次世代技術として話題を集めていますが、そのプラットフォームとして注目されている媒体の一つが量子ドット(QD)です。2023年のノーベル化学賞でも取り上げられたQDは、ナノメートル(1ミリの100万分の1)スケールの半導体結晶であり、電子を閉じ込める箱として働きます。QD中の電子スピンは、量子情報における単位(量子ビット)としての利用が期待されていますが、実はQDを形作る結晶格子の核もスピンを持ちます。通常、核スピンは制御が難しいことに加え、電子への影響が小さいため、あまり取り上げられませんが、QDという特殊な構造では核スピンの影響が無視できなくなります。円偏光レーザーを照射すると、電子スピンの向きを選んでQDに入れることができますが、この影響で元々バラバラだった核スピンの集団に偏りが生じ、電子にのみ働く大きな核磁場が生み出されます。これによって核スピン自身も非常に長い情報保持時間を持つ量子メモリへの展開が期待されています。
また、私たちの研究室では、核磁場が更に条件次第でオン・オフ機能を切り替える複雑なスイッチング動作も可能であることを発見しました(図1)。他にも、半導体の微細加工や電極形成などを用いて、QDに外部から力を加え、核磁場の操作性を向上させる試みにも取り組んでいます。
台湾のシリコンバレーで新しい半導体材料を勉強中
長らく量子ドットを研究の軸にしてきましたが、2024年3月から台湾の国立陽明交通大学で新しい半導体材料である遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)の研究に取り組んでいます(図2)。2010年代に室温での発光特性が報告されて以来、原子層レベルのTMDC薄膜に関する研究は今日、爆発的とも言える発展を見せ、特に台湾では試料作製から評価、理論研究に至るまで質の高い成果が多く生み出されています。また、大学がある新竹市は「台湾のシリコンバレー」とも呼ばれ、年代や性別を問わず、半導体への熱量が高い土地です。今は半年間の滞在中に可能な限り多くの知識や経験、人的ネットワークを得るべく奮闘する毎日です。
Technical
term
- 電子スピン
- 電子が持つミクロな磁石としての性質。上向きと下向きという2つの状態がある。