特集・研究紹介

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先駆的な技術を発信します。

No.429 2022年08月号

フロンティアを切り拓く若い力

特集 03

原子力システムにおける潜在リスクを定量的に評価するための新たな手法の開発 Development a new method for quantification of potential risk in nuclear power plant system

“その時”人はどう行動する?リスク評価で守る安全な未来

応用量子科学部門 原子力システム安全研究室 助教
張 承賢

[PROFILE]

出身高校
国立ソウル大学(韓国)
研究分野
原子力工学
研究テーマ
確率論的リスク評価、伝熱流動工学

原子力リスク評価分野のパイオニアを目指して

私がやっている研究は、「原子力システムに事故が発生した時、システムからいつ、どの核種が、どれだけ、どのように放出されるのか」という質問に答えを出すものであります。原子力システムに潜在するリスク、望ましくない事象が起きる確率を求めることから「確率論的リスク評価」と言われています。しかし、原子力システムに潜在する様々なリスクを定量化することは、そう簡単ではありません。複雑なシステムの挙動を考慮する必要があるからです。私の研究では、数値シミュレーションを用いてシステムの挙動を考慮したリスク評価手法を新しく開発しています。既存の手法では考慮できなかった影響を数値解析で再現することで、潜在リスクを洗い出すことができます。その1つのテーマとして、「マルチユニットリスク評価」があります(図1)。これは1つのサイトに複数の原子炉が存在するシステムを対象とするリスク評価であり、最近、注目されている新しい分野です。国内外に同じ研究をする人が少ないことから、この分野のパイオニアとして新たな道を開拓する気持ちで毎日の研究に取り組んでいます。

図1 ベイジアンネットワークによるマルチユニット影響モデル化(例:アクセス性) Figure 1 : Multiunit impact modeling using Bayesian Network method(I.e.Accesibility)

過酷な環境下における人の振る舞いを評価する

確率論的リスク評価分野において大きな課題の一つは、事故時の人の対応について「人的過誤確率(失敗する確率)」を求めることです。過酷な環境下では人の行動は様々な影響を受けますが、作業環境の悪化によるストレスの増加とそれによる人的過誤確率増加の度合いを定量的に評価することは非常に困難です。そこで、曖昧さを数学的に扱う手法である「ファジィ推論」を用いることで、事故時の過酷環境による影響を考慮した人的過誤確率の評価に取り組んでいます(図2)。この手法による評価の結果が、今後の関連分野に貢献できるという希望と確信を持って、「人間の行動を数学的に表す」という難しい壁を乗り越えようと日々奮闘しています。

原子力分野のリスク評価は一見難しく見えるかもしれませんが、パイオニアとして新しい扉を開いていく面白さがあり、やり甲斐のある研究テーマです。私と一緒にこの研究に取り組んでみませんか。

図2 ファジィ推論によるストレス及び時間余裕による人的過誤確率(HEP)評価 Figure 2 : Human error probability due to stress and time margin using Fuzzy inference

Technical
term

確率論的リスク評価
確率論的リスク評価は、原子力発電所システムに潜むリスク(異常・故障等を引き起こす事象が発生する頻度、事象の進展や影響)を論理的にかつ定量的に評価する技術である。