特集・研究紹介

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先駆的な技術を発信します。

No.429 2022年08月号

フロンティアを切り拓く若い力

特集 01

レーザー冷却技術で目指す基礎物理検証と極低温化学反応 Test for the fundamental physics and ultracold chemistry using laser cooling technique

レーザー冷却技術で挑む新たな物理法則の探究

応用物理学部門 フォトニクス研究室 准教授
小林 淳

[PROFILE]

出身高校
三重県立桑名高等学校
研究分野
レーザー冷却、極低温原子・分子気体、精密分光
研究テーマ
レーザー冷却技術を用いた極低温原子・分子気体の研究

レーザー冷却で作る極低温原子気体

近年、「レーザー冷却」を用いた様々な研究が行われています。「レーザー冷却」とは、レーザーによって原子気体の運動や内部状態を制御する技術で、絶対零度付近まで冷却したり、その原子をトラップしたりできます(図1)。原子が絶対零度付近まで冷却されると、系のエントロピー(乱雑さ)が極めて小さい状態になり、量子力学的な不確定さのみを残した、純粋で静かな系が実現されます。このような系は高精度な制御が可能で、原子1つ1つを個別に操作・観測することができます。このような技術を用いて量子シミュレーション・量子コンピューター・精密分光・高感度センサーなどの様々な研究が進められています。

図1 レーザー冷却された極低温Rb原子気体 Figure 1 : Ultracold atomic gas of Rb produced by laser-cooling

基礎物理法則の検証と極低温化学反応を両立

私のこれまでの研究では、2つの極低温原子を結合させて極低温分子を生成し、さらにその分子に対する精密な分光実験を行っていました。分子の振動・回転エネルギーは、電子と陽子の質量比(〜1/1836)などの基礎物理定数によって決定されます。そこで、私は分子の精密分光を継続して行うことによって、電子・陽子質量比の不変性を検証する研究を行い、分子分光による最も高精度な検証に成功しました(図2)。近年では、様々な実験系を用いた基礎物理法則の検証実験が行われており、新しい物理法則を探求する研究が盛んになってきています。

現在私は、高反射率のミラー(〜99.995%)で得られる大きな光増幅率(〜2万倍)を活用した新しいレーザー冷却手法の開発に取り組んでいます。この手法によって、従来よりも高速に、かつ大量の極低温分子を生成することを目指しています。今後はこの手法を用いて、上記の検証実験の高精度化だけでなく、極低温分子の化学反応という新たな研究分野にも取り組んでいこうとしています。化学反応を高度に制御することで、化学反応の詳細な理解や新奇な化学物質の創製につながることが期待されます。このように一見大きく離れた分野の研究であっても、共通の実験技術によって両立できるというのが、「レーザー冷却」の大きな魅力の一つとなっています。

図2 極低温分子の精密分光による基礎物理定数の不変性検証実験 Figure 2 : Test for the stability of physical constant with precision spectroscopy of ultracold molecule

Technical
term

極低温原子
レーザー冷却で1mK-100nK程度以下まで冷却された原子気体。幅広い応用研究が実現されている。