特集・研究紹介

工学研究院・工学院の
先駆的な技術を発信します。

No.423 2020年08月号

ウイルスと工学

特集 01

ナノ世界のものづくり:柔軟な分子と自己組織化 Construction in Nano World: Flexible Molecules and Self-Assembly

ウイルスと共存する時代の
ものづくりが始まっています

応用化学部門 反応有機化学研究室
准教授
猪熊 泰英

[PROFILE]

出身高校
香川県立丸亀高等学校
研究分野
有機化学、超分子化学
研究テーマ
柔軟な「ひも分子」を使った新しい構造有機化学の開拓

ウイルスの形は小さな小さなカプセル玩具?

皆さんはウイルスがどのような形をしているかご存知ですか。ごく簡単に説明すると、ウイルスはカプシドと呼ばれるタンパク質でできた殻(カプセル)の中に遺伝情報を持つ核酸が取り込まれた構造をしています(図1)。ちょうど、ちまたで人気のカプセル玩具と同じ仕組みで、カプシドは中にある核酸を守る働きがあります。カプセルの大きさは数十から数百ナノメートル程度(1ナノメートルは10億分の1メートル)なので、目で見ることも直接開け閉めすることもできません。では、このナノ世界のカプセルはどうやって作られているのでしょうか?

ここに自己組織化という素晴らしい仕組みがあります。カプシドの多くはタンパク質が決まった数、決まった形に組み上がることでカプセル形状を作り出します。1つ1つのタンパク質がくっついては離れてを何度も繰り返しながら安定した集合形態を探り、最終的にはあたかもプログラムされていたかのようにカプセル構造へと自力で組み上がっていくのです。

図1 60個のタンパク質から成るカプシドの正二十面体構造 Figure 1 : Structure of an icosahedral capsid consisting of 60 proteins (S. Sarker et al. Nat. Commun. 7, 13014 (2016))

ひも分子を使った自己組織化でナノ世界のものづくり

このウイルスが持つ自己組織化を応用し、私たちの研究室では金属イオンがくっついたり離れたりすることができる柔軟な「ひも分子」を人工的に合成し、ナノ世界の精巧なものづくりを行っています。長さ約1ナノメートルのひも分子と亜鉛イオンを混ぜるだけで組み上がる構造は、まるで経糸と緯糸が交差する「分子の織物」のようです(図2)。この化合物は小さな分子を篩にかけて分離する機能も期待されており、ひもの長さや金属イオンの種類を変えるだけで、らせんやコイルなど様々な形状を作り出すことができます。

現在の新型コロナウイルスの猛威ですっかり“悪役”の印象が強くなったウイルスですが、ウイルスが持つ自己組織化は、動植物の生体内から化学材料の開発まであらゆるナノ世界のものづくりに欠かせない仕組みです。この仕組みがあなたの身の回りでも、きっと役立っているはずです。ウイルスから学び、共存する時代を生きる研究者としてこれからも新しい知見と出会える瞬間が楽しみです。

図2 ひも分子と亜鉛イオンの自己組織化から得られる分子織物構造 Figure 2 : A textile-like structure formed through self-assembly of molecular ropes and Zn ions.

Technical
term

ひも分子
柔軟な炭化水素の鎖を持ち、弱い相互作用が複数集まることによって巨大な構造体や様々な形を作り出すことができる分子。