ヒトや家畜の糞便には多くの病原性微生物が存在している。これまで、ヒトや家畜の糞便によって河川などの飲用水源が汚染され、様々な水系感染症を引き起こしてきた。現在でも、腸管出血性大腸菌O157やクリプトスポリジウムなど水系病原性微生物による感染症は後を絶たない。そのため、飲料水やレクリエーション水の衛生管理は重要な課題となっているが、従来の糞便指標種による評価方法では、糞便汚染源の特定とその汚染度の評価をすることができない。
そこで本研究室では、腸内嫌気性細菌Bacteroides-Prevotella属の16S rRNA遺伝子を標的とした遺伝子マーカーを開発し、新規糞便汚染評価法を提案している。この手法は、定量PCRを用いて遺伝子マーカーを定量することによって、環境水中における人畜由来の糞便汚染の識別と汚染度の定量を培養をすることなく同時に行うことができるものである。これまでに、ヒト、ウシ、ブタそれぞれを対象としたBacteroides-Prevotella属の遺伝子マーカーを設計し、環境水を用いて遺伝子マーカーの定量を行ってきた。この研究を通じて、新たな糞便汚染指標種の確立と、病原性微生物の迅速かつ正確な検出方法の開発を目指している。
研究内容紹介
Simultaneous quantification of multiple food and waterborne pathogens by use of microfluidic quantitative PCR
Ishii, S., Segawa, T. and Okabe, S.
Applied and Environmental Microbiology, 2013, 79(9), 2891-2898.
従来の糞便指標菌による間接的な環境リスク評価では、病原微生物の存在を正確に把握することができなかった。より正確なリスク評価を目指して、本研究ではマイクロ流体工学に基づく定量的PCR(下図)を応用することにより、複数の病原微生物を同時一斉に検出・定量する手法を世界に先駆けて開発した。本手法は、感度が高く、低濃度で存在する病原体を検出・定量することができる。また、糞便や環境水などの環境試料にも適用可能であるため、今後のリスクモニタリング手法としても有望である。
本論文はApplied and Environmental Microbiology誌で注目すべき論文として紹介されています。
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本研究は、JST CREST「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」研究領域、JSPS科学研究費補助金・基盤A(23246094)、および上原記念生命科学財団により遂行されました。ここに深甚なる謝意を表します。
Chicken- and duck-associated Bacteroides-Prevotella genetic markers for detecting fecal contamination in environmental water
Kobayashi, A., Sano, D., Hatori, J., Ishii, S. and Okabe, S.
Applied Microbiology and Biotechnology, 2013, 97(16), 7427-7437.
Bacteroides-Prevotella属細菌は、恒温動物の糞便中に高濃度で存在し、且つ宿主特異的な種が存在することから、環境水中における糞便汚染を検出するための指標細菌として期待されている。本研究では、ニワトリ及びカモ糞便汚染を検出する3種類のBacteroides-Prevotella 16S rRNA遺伝子マーカー(Chicken-Bac、Duck-Bac、及びChicken/Duck-Bac)を新たに同定し、定量PCR法による評価方法を確立した。計143検体の糞便及び未処理下水を用いて遺伝子マーカーの特異性評価を行ったところ、Chicken/Duck-Bacマーカーはカモ糞便の96%及びニワトリ糞便の61%を検出することが可能であり、他の動物糞便との交差反応は見られないことが示された。またChicken-Bacマーカーはニワトリ糞便の70%を検出することが可能であったが、ウシ糞便の39%、ブタ糞便の8.3%、ハクチョウ糞便の12%と交差反応を示した。Duck-Bacマーカーは、カモ糞便の85%を検出することが可能であったが、ウシ糞便の31%と交差反応を示した。これらの検出特異性は、これまでに報告されている鳥類特異的遺伝子マーカーに見られるレベルと同等である。環境水中におけるChicken-Bac、Duck-Bac及びChicken/Duck-Bacの定量限界値は、それぞれ57、12、54 copies/reactionであった。また、大腸菌群数が定量下限値以下である環境水中においても、カモ糞便汚染を検出することが可能であった。交差反応の存在を考慮すると、水環境中の糞便汚染の検出のためには鳥類特異的遺伝子マーカーのみによる評価は困難であり、他の糞便汚染マーカーと併用した利用が望ましいと考えられる。
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本研究は、JST CREST「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」研究領域、及びJSPS科学研究費補助金・基盤A(23246094)により遂行されました。ここに深甚なる謝意を表します。
論文等(2007-)