窒素循環

窒素代謝微生物の生理学的特性評価
地球の窒素循環は、多種多様な微生物の働きによって維持されてきました。しかし、近年の人間活動によって窒素のバランスが乱れ、赤潮や青潮の発生、一酸化二窒素などの温室効果ガスの増加といった問題が顕在化しています。今後も人間活動が地球の窒素循環に与える影響はさらに強まると予想され、持続可能な社会を実現するためには、この問題の解決が急務です。我々は、窒素循環に関わる微生物の生理生態に注目し、その働きを活用することで持続可能な社会の構築を目指しています。本研究室では特に、嫌気性アンモニウム酸化(anammox)や硝化、脱窒に焦点を当てています。
anammox細菌の生理学的特性評価
Anammox細菌は、嫌気条件下で亜硝酸イオンを電子受容体としてアンモニウムを窒素ガスに変換する反応(anammox)を行い、窒素循環に大きく貢献しています。Anammox細菌の細胞構造は他の細菌と比べて非常にユニークであり、未解明の点も多く残されています。また、Anammox細菌は非常に増殖が遅く、培養が難しい細菌としても知られており、その生理学的特性を正確に把握することは容易ではありません。10年以上にわたりAnammox細菌の集積培養を続けている本研究室では、高純度かつ高濃度のAnammoxリアクターを保有しており、世界のトップランナーとしてその生理学的特性の解明に取り組んでいます。
硝化細菌・脱窒菌の生理学的特性
硝化に関与する微生物には、アンモニアを亜硝酸に酸化するアンモニア酸化古細菌・細菌(AOA・AOB)、亜硝酸を硝酸に酸化する亜硝酸酸化細菌(NOB)、さらにアンモニアから硝酸までの酸化反応を単独で行う完全アンモニア酸化(comammox)細菌が存在します。また、嫌気条件下で硝酸や亜硝酸を窒素ガスに変換する脱窒菌により、環境中の窒素の主な損失が起こっています。これらの硝化細菌や脱窒菌は多種多様であり、未解明な部分も多く残されています。また、これらの細菌が駆動する窒素循環において、強力な温室効果をもつ亜酸化窒素(N2O)ガスが排出されることが明らかになっており、この排出削減が課題となっています。本研究室では、これら細菌の基礎的な生理学的特性や、異なる細菌種間の相互関係に着目し、包括的な理解を目指しています。
論文情報 (詳細は業績をご覧ください)
Okabe S, Kamizono A, Kawasaki S, Kobayashi K, Oshiki M.
Water Res. 2025. 271:122883.
水環境における窒素循環に重要な役割を果たす嫌気性アンモニア酸化(anammox)細菌は、淡水から海水域までさまざまな環境に生息しています。しかし、塩分濃度がこれらの細菌の生息域や競争関係に与える影響は十分に解明されていません。本研究では、Ca. Brocadia sinica、Ca. Jettenia caeni、Ca. Kuenenia stuttgartiensis、Ca. Scalindua sp.の4種のanammox細菌を対象に、塩分濃度に応じた成長特性と競争関係を詳細に評価しました。
得られたデータを基に塩分濃度の影響を考慮したMonod成長モデルを構築し、塩分濃度ごとの優占種を予測しました。さらに、膜分離バイオリアクターを用いた実験によりモデルの妥当性を検証しました。その結果、淡水環境ではCa. Brocadiaが優勢である一方、塩分濃度が高い環境ではCa. Scalinduaが優位性を示すことが明らかになりました。この研究は、塩分濃度が異なる環境や排水処理施設でのanammoxプロセスの設計と運用に新たな知見を提供します。

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Article page
Okabe S, Kamizono A, Zhang L, Kawasaki S, Kobayashi K, Oshiki M.
Environ. Sci. Technol. 2024. 58:5357–5371.
嫌気性アンモニウム酸化(anammox)反応とは、嫌気性条件下でアンモニアを亜硝酸と結びつけて窒素ガスに変換する微生物代謝の一つです。この反応は、従来の硝化脱窒プロセスに比べて酸素供給や有機炭素の消費が少なく、エネルギー効率が高いため、排水処理において窒素除去の効率化が期待されています。特に、anammox反応を利用することで、低コストかつ低エネルギーで窒素を除去する技術が開発されており、環境負荷の低減に寄与する可能性があります。
本研究では、4つの異なるanammox細菌(Brocadia、Jettenia、Kuenenia、およびScalindua)の塩分耐性と浸透圧適応戦略を調査し、それぞれがどのように異なる環境に適応しているかを明らかにしました。Scalindua種は、海洋環境で最も適しており、最大10%の塩分濃度でも生育可能であることを確認しました。一方で、Kueneniaは塩分耐性があり、淡水と海水の中間の環境に適応していますが、BrocadiaとJetteniaは淡水環境に特化しており、1-2%の塩分濃度でも活動が大幅に低下することがわかりました。これらの違いは、それぞれの細菌が持つ浸透圧適応の遺伝的なポテンシャルに基づいており、進化の過程でどのように生息域を広げていったのかを示しています。特に、Scalinduaは海洋環境に最初に登場し、その後Kueneniaなどが河口や淡水、陸上環境へと進出していったことが示唆されました。この研究は、anammox細菌の環境適応メカニズムを理解する上で重要な知見を提供し、今後の水質管理や窒素循環の制御においても有用な情報になります。

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Article page
Oshiki M, Morimoto E, Kobayashi K, Satoh H, Okabe S.
ISME Communications. 2024. 4:ycad007.
海洋の窒素循環は、地球規模の生物地球化学的なサイクルの一部であり、特に酸素極小帯(OMZ)では窒素の損失が顕著に発生しています。海洋のOMZは、全海洋の体積の1%未満に過ぎないにもかかわらず、全窒素損失の25-35%がこの領域で起こっており、anammox反応がその主な要因の一つとされています。anammox反応とは、アンモニアと亜硝酸を用いて窒素ガスを生成する微生物代謝であり、これにより海洋の窒素を大気中に放出するプロセスに大きく貢献しています。
本研究では、海洋性anammox細菌群集における尿素とシアン酸の分解メカニズムを解明しました。anammox反応は、海洋のOMZでの窒素損失に大きく寄与しており、この環境でNH4+が不足する状況下で、尿素やシアン酸が有機窒素化合物のリサイクル源として重要であると考えられています。本研究では、15Nトレーサー実験とメタゲノム解析を用いて、Candidatus Scalindua種が尿素やシアン酸を分解できないことを明らかにし、共存するウレアーゼ活性を持つ細菌がこれらをNH4+に変換し、その後anammoxプロセスで利用されることを示しました。特に、微好気条件(約32–42 μMの溶存酸素濃度)で尿素分解活性が増加し、anammox反応による窒素損失が最大33.3%に達することが確認されました。この研究は、尿素依存型anammoxの活動が海洋性OMZでの窒素循環において重要な役割を果たしていることを示し、環境管理や窒素循環の制御においても有益な情報となります。

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論文等の業績
Key Achievements
- Dual nitrogen and oxygen isotope fractionation during anaerobic ammonium oxidation by anammox bacteria
Kobayashi K, Makabe A, Yano M, Oshiki M, Kindaichi T, Casciotti K, Okabe S.
ISME J. 2019. 13:2426–2436. - Ecology and physiology of anaerobic ammonium oxidizing (anammox) bacteria
Oshiki M, Satoh H, Okabe S.
Environ Microbiol. 2016 18:2784–2796. - Development of high-rate anaerobic ammonium-oxidizing (anammox) biofilm reactors
Tsushima I, Ogasawara Y, Kindaichi T, Satoh H, Okabe S.
Water Res. 2007. 41:1623–1634. - Fate of 14C-Labeled microbial products derived from nitrifying bacteria in autotrophic nitrifying biofilms
Okabe S, Kindaichi T, Ito T.
Appl Environ Microbiol. 2005. 71:3987–3994. - In situ analysis of nitrifying biofilms as determined by in situ hybridization and the use of microelectrodes
Okabe S, Satoh H, Watanabe Y.
Appl Environ Microbiol 1999. 65:3182–3191.
