現在、水環境中には膨大な種類の化学物質が蓄積しており、有害な環境汚染物質に対しては検出及び評価が必要である。しかし、不特定多数の化学物質を含むと予想される環境水の評価には、従来の器機解析では検出に限界がある。 そこで本研究では、ヒト細胞における化学物質暴露時の遺伝子発現変動をDNAマイクロアレイを用いて検出することにより、環境中に存在する様々な有害物質の検出、評価を試みている。
近年各種生物のゲノムプロジェクトの進行に伴い確立された DNAマイクロアレイによるRNA発現解析法は、すべての遺伝子の発現を一度に測定でき、毒性物質に対する細胞の応答を網羅的に検出することができるため、様々な学術分野でその応用が期待されている。特に、毒性物質の作用を遺伝子発現レベルで解析するトキシコゲノミクス分野において、環境汚染物質の検出及び人体への影響評価に応用可能と考えられる。
現在、当研究室では代表的な環境汚染物質である重金属、農薬をはじめ、近年使用が増大しつつあるナノ粒子等を対象に解析を行っており、これらの物質の基礎的な毒性評価を通して、迅速かつ高感度なバイオアッセイ(生物検定)法の開発を目指している。
研究内容紹介
Evaluation of whole wastewater effluent impacts on HepG2 using DNA microarray-based transcriptome analysis
Hara-Yamamura, H., Nakashima, K., Hoque, A., Miyoshi, T., Kimura, K., Watanabe, Y. and Okabe, S.
Environmental Science and Technology, 2013, 47(10), 5425-5432.
膜分離活性汚泥法(MBR)及び従来の活性汚泥法(AS)の実下水処理水をヒト肝癌由来細胞(HepG2)に曝露し、DNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現解析をおこなうことで、下水処理水のヒト培養細胞への影響評価を行った。並行して、全排水毒性の評価手法として確立されている従来のバイオアッセイ法(細胞毒性試験及びバクテリア発光阻害試験)を実施した。遺伝子発現解析結果より、処理水及び下水原水に曝露されたHepG2において2~926遺伝子が有意に変動し、これらの遺伝子が0~225の生物学的プロセスに関与することが明らかとなった。MBR処理水のうち、比較的長い汚泥滞留時間(40日)及び比較的小さな膜の公称孔径(0.03 μm)を有するMBRがHepG2に対する影響が最も小さく、水道水のものと同程度であった。確認された遺伝子発現変動は、細胞毒性試験の結果と一致していた。また、致死的ではないものの有害となりうる影響について、その分子学的メカニズムに関する知見を得ることができた。さらに、「脂質代謝」、「内因性の刺激に対する応答」、及び「無機物質への応答」に関する遺伝子が、遺伝子マーカーとなる可能性が示唆された。現段階では、有害・無害な影響を完全に区別することはできないが、DNAマイクロアレイを用いたHepG2の遺伝子発現解析は下水処理水全体の影響を迅速かつ包括的に評価するために有効な手法であることを示した。
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本研究は、JST CREST「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」研究領域により遂行されました。ここに深甚なる謝意を表します。
論文等(2007-)