実験技術

本稿の目的と注意

恒常的経費が削減されているため、研究資金に苦心される場合も多いと思われます。 特に我々は新しい装置を作って「お試し実験」を次々に行うという研究スタイルをとっているため、敏感です。 その中でいかに早く安く使えるものを作るか、いろいろ試した結果についてご紹介します。 さらによい方法があればご意見いただければ幸いです。

[注意]以下の記述にはいろいろな意味で「危険」なものが含まれています。 試される場合は、相談には乗りますが、ご自身の責任において行ってください。

安直な真空チャンバーの作り方

電磁石のホールピースの間に入る極小のチャンバーが欲しい場合や試行錯誤で冷却水を導入したり、 多数の熱電対や電流、高周波導入などの必要がある場合に、溶接を外注するとかなり高額になります。 我々は、低温用の技術を転用してエポキシ接着剤を用いて簡易真空装置・部品を作って用いています。 経験上、数ヶ月~1年で真空漏れが発生しますが(数年持つ場合もある)、短期決戦のデータ取りや、試作目的には十分です。 エポキシ接着剤としては、EPOXY TECHNOLOGY社のH74Fを用いていますが、他のものでも使えます (例:低温実験で有名なStycast 2850は強い。また、壊れやすいですがリーク止め用のエポキシも使えます)。構造材として用いる場合は常温以下ではアウトガスは 超高真空に十分耐えるものもあります(H74Fについては, B.C. Stipe et al.,Rev. Sci. Instrum. 70, 137 (1999)を参考にしました)。 真空シールに用いる場合はベーキングは事実上不可(70℃でも危険:漏れが生じる)ですので、高真空用途限定ですが、 重宝しています。電流導入にはセラミックの絶縁管にエポキシを塗った導線(熱電対線も可)を通し、絶縁管にもエポキシを 塗ってぎりぎり通る穴に入れます。全体を70℃程度のオーブンに入れて一晩待てば固まります。 その際、エポキシの流動性が増し重力で流れるので、付いて欲しくない場所にはテープを張るなどマスキングをしてください。 フランジ同士を接着して小型のチャンバーも作ることができます。水冷パイプを導入することも可能です(例:T. Yanase et al., Jpn. J. Appl. Phys. 51, 041604 (2012); Appl. Phys. Lett. 103, 133305 (2013))。

真空シール法のあれこれ

よく使われる真空シール法には下記があります。それぞれに関して、我々の経験を述べます。
ICFガスケット
超高真空を安定してとめられます。200℃程度のベーキングには楽に耐えます。液体窒素温度⇔200℃の熱サイクルもOKですが、繰り返すと漏れ が出ることもあり、その場合は増し締めします。トルク管理を適切にすれば、ICF34以外は3回は問題なく使えます。フランジのナイフエッジに傷がついて どうしても漏れて困るときは、IPDガスケットを用います。軟らかいアルミガスケットを使って強く締める方法もあります。バックシールなどの高分子シール 剤をアセトンに溶いて注入する方法もありますが、開け閉めが不便になるので、我々はなるべく使わないようにしています。
swage lok
溶接がいらないパイプ継ぎ手としてよく使います。電解研磨したパイプを使い、ベークすれば10-7Pa台にも入りますが、注意深く使っても数回~10回の開け閉めで漏れるようになります。
クイックカップリング(NW-KF)
傷のないフランジを用いて薄く真空グリスを塗ることにより10-7Pa台に入れることは可能です。ゴムのオーリングを使ってそれよりも真空を良くするのは至難の業です。最近、超高真空用にアルミ製のセンターリングが売り出されました。
ウィルソンシール
ガラス管を真空シールするときによく使います。オーリングにガラス管を通し、接続フランジに押し付けることにより真空をシールします。高真空に入れるのは容易です。
インジウムシール
激しい温度変化がある場合に安定してシールできます。インジウムの融点が156℃なのでそれ以下で用いる必要があります。
アルミガスケット
大口径のフランジを安価に閉めることができるので、古い装置には良く使われています。
メタルオーリング
円形コイル状のばねの周りに軟らかい金属をまいてあります。再利用は不可ですが、グリスを使わないので、ゴムのオーリングを置き換えて超高真空(10-8Pa台)に入れることができます

ガラスへの電極封入

電球を作る方法が使えます。熱膨張率の差で割れるので、タングステンやモリブデンの線を加熱して酸 化膜をつくり、専用の「タングステンガラス」「モリブデンガラス」を溶着してからパイレックスと接続します。コバールガラスもよく使われます。石英ガラス の場合は、Moの箔をはさんでつぶす方法がとられます。
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乳酸の威力

低温で使用する真空シールとして、上記インジウムシールがあります。これは超高真空をシールできますが、酸化膜ができてしまうとリークすることがありま す。これを防ぐために、乳酸をつけた綿不織布で拭いて除去します。乳酸は水で洗浄でき、微量残ってもベークにより除去可能なため、真空用ハンダのフラック スとしても有用です。

透明電気炉の作り方

我々は、CVDや有機単結晶成長などで電気炉を多用しています。透明電気炉があれば内部を見ることができますので作り方を検討しました。500℃程度以下 ならパイレックスで、それ以上ならば石英ガラスのパイプを用意し、電熱線を巻きます。セラミック板に切り込みを入れて巻き枠を作ればきちんとしたものが作 れます(JJAP48,118003(2009))。簡単な方法としては、あらかじめ通過点にしるしをしておき、巻きながら瞬間接着剤で要所要所を仮止め します。そのあと、セメントで1/3~半分を塗り固めます。電熱線としては「鉄クロム30」という種類が可塑性が高くて巻きやすいと思います。

電子衝撃用高圧電源

電子衝撃による加熱には、負の高圧に浮いたフィラメント(W線など)に数Aの電流を流してアース電位の試料に電子を当てます。大電流の高圧安定化電源は高 価ですが、電子衝撃の目的だけならば、自動車・バイク用のイグニッションコイルが使えます。数十kHzの交流を一次側に入れれば10kV以上の高圧を容易 に得ることができます。フィラメントに流す電流も高圧ケーブルを用いたトランス(トロイダルコアなどで自作可)で絶縁すれば、電源回路はアース電位におい たままでよいので簡単です。

氷による熱伝導

液体窒素温度と室温の間で温度を自在に制御するのは簡単ではありません。我々は氷の微結晶が熱伝導が小さく熱容量が大きいことを利用して、液体窒素容器 (実はジュースの缶)の外側にグラスウールを巻いて試料に直結した容器に入れ、水を流し込んで微結晶氷を作り、ヒーターで制御する方法を使っています。

安価なアクチュエータ

簡単なアクチュエータが欲しいときがあります。最近愛用しているのは骨伝導イヤホンです。分解すると、小型のスピーカーと力の強い薄型ソレノイドが出てきます。

工具類

大量に出回っている民生品は安価で高性能な部品の宝庫です。最近は心臓部がプラスチックに埋め込まれていることが多いので、プラスチックを丁寧に切開して中身を取り出す必要があります。高価ですが、超音波カッターは役に立ちます。ルーターも使います。試作用の仮止めはグルーガンを重宝します。目が細かいダイヤモンドやすりはピンセットの先を高精度に整えるのに使えます。ピンセットは高くても(1000円以上)硬い金属でできたものを選んだ方が細かい仕事ができます。

破損したタングステンボートからの金の回収

金電極の蒸着にはタングステンボートが便利です。大電流トランス(特注)+スライダックを用いれば安価に100Aの電源が作れるので簡単に金を飛ばせます。水晶振動子膜厚計も自作可能です。さて、タングステンボートはしばしば破損し(急冷がよくない)、融けた金がくっついた状態になりはがすのに苦労します。大量にある場合は業者に出すのが良いです。自分でやりたいときは、STM探針を作るときの要領で水酸化アルカリ水溶液中で陽極酸化すると、きれいにタングステンだけが溶けてくれます。アルカリが濃いほうが早く処理できるようです(例 濃度5M)。アルカリ金属が残るのは嫌だと思うので、よく水洗してから空気中で高温加熱など除去が必要でしょう。

小型高温電気炉

グローブボックス中など、狭い空間で高温に加熱したいときがあります。シリコニット発熱体は管状のものがあり、1200℃まで加熱できるので使い勝手が良いです。熱反射板がないと950℃ですが、絶縁管にステンレス箔を固定するだけで1200℃に上がるようになりました。