特集・研究紹介

工学研究院・工学院の
先駆的な技術を発信します。

No.422 2020年04月号

量子力学超入門

特集 02

計算科学が拓く新しい電子の世界 Computational science opens up a new world of electronics

やってみないとわからない!
計算科学で未来のものづくり

応用物理学部門 物性物理工学研究室
助教
江上 喜幸

[PROFILE]

出身高校
福岡県立筑紫丘高等学校
研究分野
物性物理学
研究テーマ
電子の量子輸送現象のシミュレーション

理論と実験の架け橋となる計算科学の魅力

豆電球を導線で電池につなぐ、そんな理科の実験を思い出してください。電池を直列に2本、3本とつなげていくと、豆電球はより明るく輝いていたと思います。ところが、髪の毛の太さのさらに数千、数万分の一の“ナノ”の世界では電池を増やすと逆に暗くなる、あるいは導線が断線していても明かりが灯るといった現象が起きることがあります。非日常的に感じるかもしれませんが、皆さんの周りにあるパソコンやスマホなどの電子機器の中では、そんな特殊なことが日常的に起きているのです。このようなナノの世界での電気の流れ、すなわち電子の運動を「第一原理計算」と呼ばれる量子力学に基づいた数値シミュレーション(計算科学)を使って解き明かす、それが私の研究テーマです。

電子の運動を記述する量子力学の基礎方程式であるSchrödinger(シュレーディンガー)方程式は非常に美しい式ですが、実はいざ解こうとすると、ほとんどの場合、厳密な解を得ることができません。また、実験によって電子が流れていることはわかっても、実際に電子が物質のどの部分を流れているのか、肉眼で見ることはもちろん、大掛かりな装置を用いても観測することは困難です。一方、計算科学ならば、数値データを用いて物質内の電子の動きを可視化することも可能となり(図1)、“バーチャル顕微鏡”となって理論研究と実験研究とをつなぐ架け橋となるのです。

図1 シリコン表面に吸着した分子の電子状態と、表面とSTM探針間を流れるトンネル電流の可視化 Figure 1 : Visualization of electronic structure of molecules adsorbed on silicon surface and tunnel current flowing between the surface and STM tip.

非現実的だった数万原子のシミュレーションに成功

また、コンピューターの性能を十二分に活かすためのアルゴリズム開発も研究テーマの一つです。京コンピューターに代表されるような超並列計算機が普及し、ハードウェアの能力は年々向上していますが、実際の実験と同じスケールでのシミュレーションはまだまだ困難です。

しかし、最近の研究で、簡単な行列演算の知識をもとにした新しいアルゴリズムを開発し、現実的な時間で、精度を落とすことなく数万原子を含む物質のシミュレーションを可能にしました(図2)。これらの研究を通して未知への扉を開いていくことで、より良い“ものづくり”を目指しています。

図2 不純物を含む2層カーボンナノチューブにおける輸送電子の密度分布。外側のチューブに不純物を導入することで、主に内側のチューブを電子が輸送している。 Figure 2 : Charge density distribution of electrons flowing through an impurity-doped double-walled carbon nanotube. By introducing impurities into the outer tube, electrons are mainly transported through the inner tube.