Current Research
エルビウム添加結晶を使った量子メモリの開発
遷移金属ダイカルコゲナイド2薄膜での層間励起子の研究
遷移金属ダイカルコゲナイド薄膜での発光の実空間マッピング
バルク半導体での異常に大きな核磁場形成
単一量子ドットでの異常ハンル効果の研究
単一量子ドットでの電子と核スピンの動的過程の研究
量子ドット内の1個の局在電子のスピンとドットを構成する数万個の原子の核スピンとの相互作用は非常に興味深い.
この相互作用は超微細相互作用(その中のさらにFermiの接触相互作用)と呼ばれるもので,電子・正孔間の交換相互作用などに
比べて非常に弱いものです.スピン・軌道相互作用など電子の運動に起因するスピン緩和メカニズムが,局在する電子では強く抑制されるため,
ドット中の電子のスピン緩和は一般に長くなります.このためドットを構成する
核スピンと長い相互作用時間を持ち,
同時スピン反転過程(いわゆるFlip・Flop過程)により,バルクや量子井戸では達成できない大きな核スピン分極を形成することができます.
数10 %もの核スピンが1方向に揃うわけなので,ドット中の電子はその(有効)磁場を感じ,あたかも外部から磁場を印加した
ように電子スピンのアップとダウンのエネルギー準位が分裂(Zeeman分裂)します.
この分裂のエネルギーは電子スピンの向きに依存し,外部から印加した磁場を増強したり,相殺したりすることができます.
大きな核スピン分極を形成するには,電子・核スピン間のFlip・Flop過程を効率的に起こすことが必要ですが,約1800倍の違いのある
電子と核のボーア磁子に基づきFlip・Flop過程はエネルギー的に保存しないため一般には効率的に起こりません.
しかしある条件では,このエネルギー不整合を著しく
緩和させることができ,図のような核スピン分極の双安定性・ヒステリシス現象を引き起こすことができます.
現在では最高80%に及ぶ核スピン分極が達成されています.
核スピン分極の揺らぎが最終的に電子スピンの緩和を数10ナノ秒に決定するため,
この揺らぎを抑制し電子スピン緩和時間を延長させることも研究対象になります.また
大きな核スピン分極は,量子メモリや量子ビット変換への応用が期待されており,世界的には精力的に研究がなされています.
量子ドットでの電子と核スピンの相互作用のもう1つのトピックスは,核スピン揺らぎによる電子スピン緩和です.
量子ドット中のいわゆる”局在”電子では,電子の運動に起因するスピン緩和メカニズムが抑制され,核スピン揺らぎの影響が顕著に
現われてきます.この核スピン揺らぎの電子スピン緩和への影響を調べるために,いくつかの磁場の強さの下で,正の荷電励起子発光
のオーバーハウザーシフト(OHS)と円偏光度(DCP)の時間分解測定を行いました.核磁場が印加している外部磁場をキャンセルするときには
電子は核スピン揺らぎによる核磁場の揺らぎのみを感じています.このとき電子スピン緩和が強く起こり,発光のDCPは大きく低下するはずです.
下図はその変化をプロットしたものです.種々の磁場強度でのデータがすべて1つのローレンツ曲線のまわりに分布しており,電子ゼーマン分裂が
0のとき極小値を持っています.この曲線の幅は核磁場の揺らぎの大きさを表しており,計算との比較から40 mTであることが分かりました.
また正孔スピンに核磁場揺らぎが与える影響についても計算により詳細に検討しました.
単一ドット分光で探る自己集合InAlAs量子ドットの光学異方性とドットによる偏光変換
量子ドットとはポテンシャルエネルギーを3次元的に変化させたナノサイズ空間のことで,
種類の異なる半導体を積層することにより作製することができます.水滴形状になることで,
積層する半導体間の格子定数の違いによる歪エネルギーを緩和することにより,言わば勝手にできてしまいます.
そのような作製方法では,きれいな(欠陥の少ない)ドットができますが,形状や大きさにバラツキができてしまいます.写真のサンプルでは
1 cm2あたり約5x1010個のドットがありますが,その形状や大きさのバラツキがあるために,全体を見るより,
たった1個だけを選択的に観測する方がよりよく物理をデータに現わすことができます.量子ドット内のキャリア(電子や正孔)
は上記の様に3次元方向から閉じ込めを受け,そのエネルギー準位が原子の様に離散的になります.
これにより光学遷移も離散的となるので,もつれ合い光子対発生等の研究が盛んにおこなわれていますが,
そこでは電子・正孔の対消滅に伴い出現する単一光子の偏光状態が問題となります.
量子ドットでは,形状異方性に由来する閉じ込めポテンシャルの異方性と,
特に自己集合タイプでは歪分布の異方性に由来する正孔バンドの混合が偏光状態に大きな影響を与えます.
逆に光子の偏光状態を精密に測定してやれば,そのような対称性の低下の情報を得ることができます.
実際には交換相互作用の働かない荷電励起子(図では正の荷電励起子,スピン反平行の正孔2個と電子1個からなる素励起)から,
歪誘起価電子帯混合の度合いを測り,それを基に中性励起子発光を使って形状異方性のパラメータを決定しています.
歪誘起価電子帯混合と形状異方性の結合効果は,中性励起子の2重線間の分裂エネルギー,発光強度比,偏光軸差
に大きな影響を与えます(図(a)は歪分布異方性の比較的大きな場合の
中性励起子(X0)の偏光状態計算結果の1例,図(b)は歪分布異方性の角度θs=0としたときの励起子2重線の発光強度,分裂エネルギー,
および偏光軸角度差の形状異方性とθb依存性,下図は正の荷電励起子X+(左)とX0(右)
の発光偏光状態の測定結果).
このような発光の直線偏光化を利用することで,円偏光から直線偏光への変換,またはその逆変換をドットを使って行うことが可能です.