3年生のための研究紹介


我々の研究は,半導体ナノ構造の電子,正孔,励起子および原子核のスピンに関係する物性探索やスピンの光学的手法によるコントロールを目的にしています.またそれらの探索・制御に適用可能な実用的な高感度時間分解光学測定法,イメージング分光法の技術開発も行っています.
ここ数年は,特に1個の半導体量子ドットを構成する数万個の核スピン集団と光で生成した1個の電子スピンとの相互作用およびその動的過程の研究を推し進めています.

ここでは研究室に配属になる前の学部3年生を対象として,研究室での研究に必要な基礎的事項について説明していきます.
徐々にグループメンバーに作ってもらってます.

スピン緩和(概論)

スピン緩和(spin relaxation)とは,「初期に生成された非平衡なスピン分極の消失」のことで,すべてのスピンに関する研究の中心的トピックスです. スピン緩和現象自体は時間的に揺らぐ磁場の効果として,次のような古典的な描像で直感的に理解することができます.ここでの磁場は,大抵の場合, 超伝導マグネット等で発生させるような現実の磁場ではなく, スピン軌道相互作用や交換相互作用に起因する有効磁場と呼ばれるものです.この有効磁場が何に起因しているかを突き止める作業が, スピン緩和メカニズムを特定することに直結します.しかし通常,複数の緩和メカニズムが同時に存在し,観測温度域やキャリアの局在の程度に依存して どれが支配的になるかが変化するため,メカニズムを特定すること自体難しい作業です.

このようなモデルでは,フォノン散乱等により時間的にランダムにその振幅や方向が変化する有効磁場中でのある特徴的な時間 τcでのスピンの歳差運動を考えます. spin precession まずこの有効磁場は以下の2つのパラメータで特徴付けられます.
  • rms振幅(またはそれをスピンの歳差周波数に変換した値):ω
  • 相関時間(ωがほぼ一定と見なせる時間):τc
τcの定義から,その時間経つとフォノン等によりキャリアスピンは散乱され,感じる有効磁場の大きさや方向が変化します(有効磁場には波数依存性があるとしています). つまりτc経つ毎に,新たな方向を向いた有効磁場の周りを前とは異なる周波数でスピンは歳差運動し始めると考えます. このようなステップが何回か起こると,スピンは初期の方向を完全に忘れてしまうでしょう.これがスピン緩和です. スピン緩和を特徴づける時間,スピン緩和時間τsをこのようなステップにより変化する位相Δφの2乗平均が1となる時間と定義します.
eq1-1
1ステップで起こる位相変化量をδφとすると,δφ=ωτcと書けますが,スピン緩和現象のふるまいはこのパラメータの積ωτcの大きさに依存して 大きく異なります.2つの極端な場合について考えてみましょう.

♦ δφ=ωτc«1の場合 (Short τc case)
歳差運動の周期よりも相関時間τcが短いので,τcの時間内での回転角は小さく,運動するスピンベクトル はゆっくりとした角度拡散と感じます.スピン緩和時間の中で,位相変化が起こるイベント数は τscですから,緩和時間の定義より(δφ)2τsc=1 となります.従って,スピン緩和レートは,
eq1-2
この式は,位相変化がより頻繁に起こる(τcが短くなる) と,スピン緩和時間が長くなる(スピン緩和レートが小さくなる)ことを 示していますが,この非直感的な振る舞いはmotional narrowing (運動による先鋭化) と呼ばれています.これには勿 論,位相変化が多数回起こることが必要なので,τs»τcでなければなりません. 半導体では通常この領域にスピン緩和時間をもつ場合が多いです.

♦ δφ=ωτc»1の場合 (Long τc case)
この場合は,τcの時間内,すなわち位相変化のイベントが起こるまでに,スピンは多数回有効磁場 の周りを回転します.したがって上図から分かるように,有効磁場に平行な成分Sは回転しない ので保存されるものの,スピンの回転周期1/ωの時間でスピンの有効磁場に垂直な成分Sは時 間平均として0 になってしまうでしょう.スピンの初期方向と有効磁場との角度をθとすると,Sが消失 した時点で,初期方向へのスピンはcos2θで減少します.従って,τc後に有効磁場は方向 を変える時には既に初期スピンは消失しているでしょう.1/ωとτcの2つの時間で振る舞いが 異なるため,スピン分極の減衰は単一指数関数とはなりませんが,スピン緩和時間としては, τs~τc程度と考えてよさそうです.

これまでに行われたバルクや量子井戸(QW) での実験では,多くがτc«1の場合に相当し,相関時 間τc~運動量緩和時間τpとして良く実験結果を説明できています.τpは例えば四光波混合法等で測定 される位相緩和時間に相当します.また上で説明したタイプのスピン緩和現象においては,そのメカニズムを特定するということは, スピンの歳差運動を引き起こす有効磁場が何に起因するか(交換相互作用,伝導帯のスピン分裂,核スピンとの相互作用 等) を特定することであると言えます.上で説明したスピン緩和現象の他にも別のタイプのスピン緩和(スピン軌道相互作用+スピン非依存散乱, このタイプは 散乱を受けるほどスピン緩和時間は短くなり,上記のmotional narrowingは起こりません)もあります.
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