特集・研究紹介

工学研究院・工学院の
先駆的な技術を発信します。

No.420 2019年10月号

私のEureka!

特集 02

位相の公式奮戦記 Play with phase

突破の秘訣は
「できるまであきらめない」

応用物理学部門 数理物理工学研究室
准教授
浅野 泰寛

[PROFILE]

出身高校
愛知県立中村高校
研究分野
物性物理学
研究テーマ
超伝導現象論

次元がない=量がわからない
困った存在「位相」が相手

「物理量の次元」と聞いてうんざりするならば、それはあなたはが健康な証拠です。でも駅までの距離をメートルで測れないと不動産屋さんは商売あがったり。挽肉の量をグラムで表せないとハンバーグの大きさが分からないし、時間を秒で数えられないとオリンピックは出来ません。実は「距離」「質量」「時間」は物理量の基本次元で、これらが絡まって速度だとかエネルギーの様な物理量の次元が出来ています。実際、人の歩く速度を決めると「駅まで徒歩5分」のように時間を使って距離を表せるので、不動産屋さんも安心です。ところが、そうはいかない物理量があって「位相」がそのひとつです。次元がないと困るのが、その量が大きいのか小さいのか分からず、物の運動にどう影響するのか直感が働かないことです。

幸いなことに、位相のスゴさが目で見える例があります。光(フォトン)は量子力学的粒子ですが、毎日目にする太陽光は粒子ごとに「位相がバラバラ」の光です。それとは別に、レーザーポインタのレーザーは「位相が揃った」光なのです。太陽光のフォトンを電子にしたのが普通の金属状態で、レーザーのフォトンを電子(より正しくは電子対)にしたのが超伝導だと言えます。そして超伝導の「位相」が露骨に現れたのがジョセフソン効果という現象です。不思議なことに2つの超伝導体の位相に差があると、電位に差がなくても電流が流れてしまうのです。私はこの「なんかスゴイ」現象に惹かれました。

正しい結果は美しい
三重項対称性の超伝導体に挑む

超伝導体の種類は、「対称性」という言葉を使って大きく二つに分けることが出来ます。普通の金属は「一重項対称性」と呼ばれる普通の超伝導体に属し、ごく普通のジョセフソン効果を示します。このジョセフソン電流を表現する公式は、20世紀に様々な人によって導かれてきました。最も汎用性が高く美しい公式は、私と同世代のある日本人研究者が、なんと学生のときに導いていました。彼は間違いなく「持っている人」です。私たち理論物理学を専攻する者にとって大事なのは結果の美しさです。なぜなら、正しい結論は数学的に美しいからです。

北大に来て、人生をかける課題を探していた私は、残ったもう一つの「三重項対称性」の超伝導体に適用できる電流公式を導いたらどうだろう?と、ふとおもいました(「一」と「三」があっても「二」はありません、あしからず)。当時「三」の超伝導体はほとんど発見されておらず、ひらたくいえばキワモノ。それでも以前に「持っている人」がやった議論を簡単に拡張できると思っていました。ところが…闇は深かった。「持ってない」私は、ノートに何ページも続く計算式の列と格闘する事になりました。昼は書き損じの計算用紙に埋もれ、夜は泥のように眠る日々を繰り返し、半年はすぐ過ぎました。あるとき、保存則を駆使すれば良いことに気づき、光明が差しました。実際に適用してみると、複雑に見える数多くの項が綺麗にまとまるではありませんか!当時の私に十分な教養があれば、「Eureka!」と言えたかも知れません。しかし、「#%&=?KH%$@*_!」 でした。(気持ちを表しています、すみません。)

その後の研究で、「三」の超伝導体は、私が想像していたよりずっと豊かな性質を示す事が分かりました。現在の研究課題もその延長上にあります。私はどうやらキワモノに魅入られるようで、今は「奇周波数電子対」という奴を調べています。この「奇」という漢字のただならぬ雰囲気がとても気に入っています。

さて、「三」の超伝導体を使うと量子コンピュータが出来るそうで、2010年頃から急にその方面の研究が盛んになりました。多くの人が参入すれば、もはやキワモノにはなりません。ですから、次のキワモノ探しにいそしむ地味な日々を送っています。