レーザー冷却技術を用いた極低温原子・分子実験
Ultracold Atomic and Molecular Experiments with Laser Cooling Technique



はじめに−冷却原子実験

原子が光を吸収するとき、原子は光の運動量を受け取ります。 このわずかな運動量変化を繰り返すことによって、原子気体を絶対零度(−273.15℃)付近\(\sim 100\mu K\)にまで一気に冷却する「 レーザー冷却 」と呼ばれる技術が知られています(1997年 S. Chuらノーベル賞) 。 この技術をさらに応用すれば、原子気体をさらに量子縮退温度(〜100nK)と呼ばれる温度まで冷却し、ボース・アインシュタイン凝縮やフェルミ縮退状態と呼ばれる量子統計性が強く現れた、特殊な状態の気体を生成することがきます。 さらに、この極低温の“原子”を会合させることで 極低温の“分子”も生成可能です。
このような極低温原子・分子系は、非常に制御性の良い量子系であるために、 量子シミュレーション,量子計算,精密分光,基礎物理検証,量子センサー等の幅広い研究分野へと応用されています。


代表的なレーザー冷却法である磁気光学トラップの概略図。
6方向からのレーザーと1組のコイルで実現される。
原子は光子の運動量により減速され、\(100\mu K\)程度まで冷却される。

なぜレーザーで冷却できるのか?




極低温分子の精密分光による物理定数の不変性検証実験

現在の時間の定義は、原子のエネルギー(Cs原子の超微細構造準位間のエネルギー差)を基準に決定されています。これは、現在知られている物理法則からは、原子のエネルギーは決して変化しないと考えられているからです。 しかし、変化しないと考える根拠は実は観測や実験に基づいています。そのため、これまで以上の精度で測定を行った際に、本当に変化しないかどうかは、やってみなければ実は誰にも分かりません。

では、原子や分子のエネルギーは何が決めているのでしょうか?それは電磁気力と電子や陽子(中性子)の質量から決まります。電磁気力の強さを無次元化して表すと\(\sim1/137\)になることが知られており、この値は微細構造定数\(\alpha\)と呼ばれます。この微細構造定数\(\alpha\)や電子と陽子質量比\(\mu (=\frac{m_e}{m_p}\sim1/1836)\)といった基礎物理定数によって、原子や分子のエネルギーは決定されています。

特に、分子の振動や回転のエネルギーは電子・陽子質量比\(\mu\)に直接的に関連しています。そのため、分子のエネルギーを精密に測定することで、電子・陽子質量比の不変性の検証実験が実現されます。特に、我々は極低温分子を用いることで、分子を使った実験の中で最も高精度な検証実験を実現させています。このような検証実験は新しい基礎物理法則を探求する実験であり、基礎物理学における未解決問題を解決する糸口になることが期待されています。

現在は、さらに高精度な分子分光法の開発に向けて研究を進めています。


電子・陽子質量比μの不変性検証のための極低温KRb分子の精密分光スペクトル。
このようなデータから\(\mu\)の時間変化に対して、\(\dot{\mu}/\mu=(0.3\pm1.0)×10^{-14}/year\)と評価した。
[J. Kobayashi et al., Nat. Commun. 10 3771 (2019)] 。



News

令和2年度の卒業研究で磁気光学トラップによるRb原子のレーザー冷却に成功しました。
さらに光共振器で強度増幅された光格子を使い、原子をトラップすることに成功しました。


磁気光学トラップでレーザー冷却されたRb原子。
原子は冷却用レーザーを散乱し明るく光っている。
およそ108個の原子が200μK程度まで冷却されている。


光格子中の原子の吸収イメージ。
磁気光学トラップで冷却された原子を、さらに光格子(光の定在波で作られる周期的なポテンシャル)の中にトラップした。
高反射率(〜99.995%)のミラーで光共振器を形成し、レーザー光強度を約2万倍に増幅することで、大きくて深い光格子を実現している。

最近の研究状況については、下記の卒業論文をご覧ください。

卒業論文
岡田瑛理 令和2年度卒業論文 「Rb原子気体の高速BEC生成に向けたレーザー冷却実験」 (pdf 2.8MB)
奥田泰崇 令和3年度卒業論文 「共振器増幅された3 次元光格子中でのレーザー冷却実験」 (pdf 3.3MB)
佐藤一徹 令和4年度卒業論文 「Rydberg 状態励起用レーザーの開発と電磁誘起透明化信号の観測」 (pdf 8.7MB)
廣島将太 令和4年度卒業論文 「光会合による極低温分子生成に向けたレーザー開発」 (pdf 2.1MB)


外部発表
「Rydberg原子の極低温プラズマへの自発的な発展の観測」
小泉晶太郎,立邊義人,奥田泰崇,小林淳
日本物理学会2024年春季大会 2024年3月20日

「ラマンサイドバンド冷却と解放再捕獲圧縮による高位相空間密度への非衝突冷却」
奥田泰崇, 五十嵐梨玖, 小林淳
日本物理学会第78回年次大会 2023年9月17日

「極低温分子の精密分光による電子陽子質量比の不変性検証」
小林 淳, 井上 慎
レーザー研究51巻8号 2023年8月

「ラマンサイドバンド冷却と解放再捕獲圧縮による高位相空間密度への非衝突冷却」
奥田泰崇, 五十嵐梨玖, 小林淳
第5回冷却原子研究会「アトムの会」 2023年8月2日

「極低温分子の精密分光による物理定数の不変性検証実験とその改善に向けて」
小林 淳
第2回新方式精密計測による物理・工学的変革を目指す回路技術調査専門委員会 2022年11月12日

「光共振器増幅された3次元光格子中での極低温原子実験」
奥田泰崇, 五十嵐梨玖, 岡田瑛理, 小林淳
日本物理学会2022年秋季大会 14aW933-7 2022年9月14日

"Test for the stability of electron-to-proton mass ratio using ultracold molecules"
Jun Kobayashi
AMO討論会 2022年6月10日



投稿論文リスト
"Current-feedback-stabilized laser system for quantum simulation experiments using Yb clock transition at 578 nm",
Yoshihiro Takata, Shuta Nakajima, Jun Kobayashi, Kouki Ono, Yoshiki Amano, Yoshiro Takahashi:
Review of Scientific Instruments 90(8) 083002-083002 (2019).

"Measurement of the variation of electron-to-proton mass ratio using ultracold molecules produced from laser-cooled atoms",
Jun Kobayashi, Atsushi Ogino, Shin Inouye:
Nature Communications 10 3771 (2019).

"Antiferromagnetic interorbital spin-exchange interaction of 171Yb ",
Koki Ono, Jun Kobayashi, Yoshiki Amano, Koji Sato, Yoshiro Takahashi:
Phys. Rev. A 99 032707 (2019).

"Experimental determination of Bose-Hubbard energies",
Yusuke Nakamura, Yosuke Takasu, Jun Kobayashi, Hiroto Asaka, Yoshiaki Fukushima, Kensuke Inaba, Makoto Yamashita, Yoshiro Takahashi:
Phys. Rev. A 99(3) 033609 (2019).

"Site-resolved imaging of single atoms with a Faraday quantum gas microscope",
Ryuta Yamamoto, Jun Kobayashi, Kohei Kato, Takuma Kuno, Yuto Sakura, Yoshiro Takahashi:
PHYSICAL REVIEW A 96(3) 033610 (2017).

"Isotopic Shift of Atom-Dimer Efimov Resonances in K-Rb Mixtures: Critical Effect of Multichannel Feshbach Physics",
K. Kato, Yujun Wang, J. Kobayashi, P. S. Julienne, S. Inouye:
PHYSICAL REVIEW LETTERS 118(16) 163401 (2017).

"An ytterbium quantum gas microscope with narrow-line laser cooling"
Ryuta Yamamoto, Jun Kobayashi, Takuma Kuno, Kohei Kato, Yoshiro Takahashi:
NEW JOURNAL OF PHYSICS 18 023016 (2016).

その他は こちら


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