研究内容

超短光パルスを用いた物性探索

分子置換による電子状態の変化を光パルス測定で観測

有機導体alpha-ET2I3は特異なバンド構造を持ち、圧力下で質量がゼロのディラック電子が現れることが示唆されており、理論、実験の両面から多くの研究が行われている。しかし一方でET分子をSTF分子、BETS分子置換したとき、物性変化がもたらされるのかその分子置換効果は未解明です。
  我々は、分子置換効果を系統的に調査するため、各物質に対してポンププローブ時間分解分光を行い、低温で実現される電子状態を調査しました。
  下の図は、3つの物質に対する電気抵抗の温度依存性と光誘起キャリアダイナミクスの温度依存性を示しています。全ての物質で電気抵抗が上昇する温度において、ダイナミクスに変化現れるが、緩和時間や偏光特性に違いがあることを見出しました。詳細な解析からalpha-ET2I3では電荷秩序、alpha-STF2I3では短距離電荷秩序、alpha-BETS2I3ではトポロジカル絶縁体であることが示唆されます。
Condensed Matter 8, 88 (2023)
J. Phys. Soc. Jpn. 92, 094703 (2023)

 

 

超短光パルスを用いた物性探索

一様、非一様な電荷秩序を光パルス測定で観測

ガラスは液体中の分子運動が温度低下とともに遅くなり、分子が不規則な配置で凍結した状態である。近年有機伝導体において、固体中の電子がガラス化(電荷ガラス)することが発見された。しかしこの電荷ガラス状態を検出することができる実験手法が少なく、実際電子がどのような配置で凍結しているのか不明な点が多い。
  そこで時間分解分光を実施し、光誘起ダイナミクスの観点から電荷ガラスの物性を調査した。
  右の図は測定結果を示しており、電子が規則正しく並んだ電荷秩序(結晶)を示すtheta-(BEDT-TTF)2RbZn(SCN)4(theta-Rb)と電荷ガラスを示すtheta-(BEDT-TTF)2CsZn(SCN)4(theta-Cs)におけるプローブ光の偏光に依存するダイナミクスの割合(RA)の温度依存性を示している。電荷結晶のtheta-Rbでは、RAは転移温度(Tco)以下でほぼ一定でり、これは電子が一様に結晶化していることを示している。しかし一方で電荷ガラスのtheta-Csでは、RAがTnco = 150K以下で減少することが分かった。このような異方性の低下は、様々な方向性をもった短距離の(ビーム径より小さな)電荷秩序ドメインが空間的に現れていることを示唆している。これらの結果により電荷ガラスの特徴を光パルスによる時間分解分光で捉えることに成功したと考えている。
Phys. Rev. Research 5, 01302 (2023)

 

 

超短光パルスを用いた物性探索

有機導体の金属相で観測される特異的偏光異方性ダイナミクスの起源

光誘起相転移とは、光により物質を準安定状態へ転移させる現象であり、電気伝導性や磁性などの物性がフェムト(10-12乗)秒のスケールで変化するため、その発現メカニズムのみならず、超高速スイッチングデバイスへの応用も期待されている。有機導体k-(BEDT-TFF)2Cu(NCS)2における偏光時間分解分光において、特異的偏光異方性ダイナミクスが観測されており、光誘起相転移が起っていることが示唆されるが、異方性の起源については不明であった。
  そこでこの異方性ダイナミクスの起源を調査するため、プローブ光のエネルギーを変化させたスペクトル分解時間分解分光を実施した。
  右の図は測定結果を示しており、プローブ光のエネルギーに依存して応答が変化することがわかりました。また1.51eVをピークとする共鳴構造があることがわかり、偏光異方性ダイナミクスが観測されない高温(100K以上)ではその構造は観測されなくなりました。観測された共鳴ピークは定常分光測定で観測されている異方的分子内励起のエネルギーと近いため、光誘起相転移によって現れた準安定状態と異方的分子内励起の共鳴と解釈することが出来ます。
Europhys. Lett. 136, 57001 (2021)

 

 

超短光パルスを用いた物性探索

3パルス型時間分解分光による超高速モット転移の観測

伝導電子の強い電子相関により引き起こされる金属-モット絶縁体転移は、高温超伝導発現機構解明の観点から注目されており、銅酸化物や有機超伝導体において活発に調べられています。これまでキャリアドーピングや外部圧力によって金属-モット絶縁体転移の調査が行われてきましたが、光で誘起される非平衡状態での調査はありませんでした。
  ここでは有機モット絶縁体k-(BEDT-TFF)2Cu[N(CN)2]Clに対して、フェムト秒光パルスを使った3パルス型時間分光を実施しました。この測定では高強度なPパルスを照射することによりモット絶縁相を過渡的に破壊し、その後時間経過とともに回復していく過程を通常のポンプ-プローブ分光で観測することで、非平衡下でのモット絶縁体形成過程を調べることができます。
  右の図は測定結果を示しており、Pパルス照射直後(t1 = 0 ps)はモット絶縁体に由来する過渡応答の振幅が小さく、時間経過とともに回復していく傾向が見れます。そして驚くべきことにモット絶縁相の回復過程において、光誘起キャリアの緩和時間は常に一定値を取ることがわかりました。このような振る舞いは長距離相関が重要な超伝導転移には見られない特徴であり、局所的な相関がモット絶縁体形成に重要な役割を果たしていることを示唆しています。
Phys. Rev. B 104, 115152 (2021)

 

 

超短光パルスを用いた物性探索

有機分子結晶における空間不均一性の発見

銅酸化物高温超伝導体などの強相関電子系物質では、しばしば電子状態の空間的不均一性が観測されます。この系では原子置換によるキャリアドーピングを行う際に必然的に導入されてしまう不規則性に関係すると考えられています。一方で銅酸化物と似た電子構造を持つ有機超伝導体では、原子置換せず圧力で電子状態制御するため、このような系で空間不均一性が起こるのか興味が持たれています。
  空間不均一性の可能性を探るため、今回k-(BEDT-TFF)2Cu[N(CN)2]Iにおいて2色のフェムト秒光パルスを使った超高速時間分光の空間依存性を調査しました。この測定ではポンプ光とプローブ光で異なる波長の光を用いて2つのビームの同軸することで、高倍率の対物レンズの使用を可能にし、ビーム径(12ミクロン程度)の分解能で空間依存性を調べることができます。
  右の図は測定結果を示しており、電気抵抗測定で絶縁体の振る舞いを示す単結晶試料において、場所に依ってプローブ光の偏光依存性が異なる2種類の応答があることを発見しました。ある場所では40K以下の絶縁化に伴って信号強度が増大しますが、別の場所では40Kで信号が増大せず、代わりに8K以下で増大します。詳細な解析から8K以下で増大する信号は超伝導転移に由来する可能性があり、以上から絶縁体の中に超伝導領域が出現することを示唆しています。
J. Phys. Soc. Jpn. 89, 064712(1-6) (2020)

 

 

超短光パルスを用いた物性探索

有機分子性モット絶縁体の光誘起偏光ダイナミクス

有機分子結晶k-(BEDT-TFF)2Cu[N(CN)2]Clでは伝導電子間の強いクーロン相互作用により電子が局在するモット絶縁体が実現されます。またこの系では電子系と有機分子固有の自由度との相互作用が注目されており、モット絶縁体形成との関係を調べることは新奇物性や機能性の開拓につながると考えられています。
  このような電子系と分子との関連を調査するため、フェムト秒光パルスを使った超高速時間分解分光測定を行い、モット絶縁体における光誘起キャリア(電子)の緩和ダイナミクスを観測しました。
  右の図は測定結果を示しており、モット絶縁体の応答はプローブ光の偏光に依存していることがわかりました。偏光依存性は電子系の変化に波数依存性があることを示唆しますが、モット転移ではそのような変化は起こらないと考えられます。従って有機分子の秩序化と電子系に相互作用があり、それがダイナミクスの偏光依存性として観測されたと考えられます。
J. Phys. Soc. Jpn. 88, 074706(1-7) (2019)

 

 

超短光パルスを用いた物性探索

有機超伝導体における超伝導ゆらぎの観測

有機分子結晶では、伝導電子間の強いクーロン相互作用により、従来の超伝導とは異なる(非従来型)超伝導が実現していると考えられています。近年強い電子相関により超伝導ゆらぎ状態が現れることが指摘されていましたが、ゆらぎの性質上応答が小さく、また測定手法によって異なる結果が得られるなど、更なる測定が必要と考えられていました。
  この問題に対して私たちはフェムト秒光パルスを使った超高速時間分解分光測定を適用し、超伝導ゆらぎの検出を試みました。この測定では光誘起されたキャリア(電子)の緩和ダイナミクス観測を通して、超伝導ギャップの有無を調べることができます。
  右の図は測定結果を示しており、電子相関が強い結晶でのみ超伝導ゆらぎが現れることを見出しました。この結果は超伝導の発現に電子相関が重要な役割を果たしていることを示しています。また本測定により従来高エネルギーの光で壊れやすい有機分子結晶において、高感度で超伝導ギャップの調査を行うことができることが示されました。
Europhys. Lett. 122, 67003(1-6) (2018)

 

 

超短光パルスを用いた物性探索

有機超伝導体における光誘起擬ギャップ状態の発見

有機超伝導体では強相関電子と有機分子固有の自由度との相互作用が注目されており、それらの調査が新奇物性や機能性の開拓につながると考えられています。フェムト秒光パルスによる超高速電子励起は、温度、圧力等のパラメータ変化では実現することができない新たな電子状態を探索することができます。
  右の図は、超高速分光測定を有機超伝導体(k-Br, k-NCS)に対して行った結果です。超伝導転移温度よりもはるかに高温で、プローブ光の偏光応答が異方的になり、その応答振幅は低温になるにつれて増大しています。これは電子系の回転対称性が破れ、光誘起相転移によるエネルギーギャップ(擬ギャップ)が形成されることを示しています。この異方性は有機分子の秩序化に関連していると考えられ、擬ギャップとの関係性について興味が持たれます。
Phys. Rev. B 96, 134311 (1-6) (2017)

 

高圧力下光学測定装置の開発

ピストンシリンダー型圧力セルを用いた時間分解分光装置の開発

圧力は物性現象の解明や新奇物性現象の発見に欠かせない物理パラ-メータの一つとなっています。このような圧力下において超短光パルスを用いた分光計測ができるよう、安価で取り扱いが容易なピストンシリンダー型圧力セルに光ファイバー束を組み込んだ装置を開発しました。右の図は静水圧力下においても、常圧時と同様に分光測定を実施できることを示しています。この装置を利用すれば1軸性圧力下での光学物性測定にも応用でき、また物性物理以外の生物やソフトマターなど“観察”が重要な研究へ応用できる可能性があります。
Rev. Sci. Instrum. 87, 043104 (1-6) (2016)