研究活動

ポンププローブ分光

様々な波長を持つ光を位相をそろえて足し合わせると、パルス光を作ることができます。物性研究で広く用いられているモードロックチタンサファイアレーザーは、パルス幅10-13秒程度を実現できます。このようなパルス光を金属や誘電体に照射すると、電子は励起状態に遷移します。このとき局所的に励起された電子は非平衡状態にあると考えられます。励起電子は電子間相互作用や電子格子相互作用を通じて平衡状態に戻りますが、この過程はいわゆる緩和過程に相当します。また電子系がバンドギャップを持つ場合、光放出のような発光過程を経ることもあります。発光を検出することで励起電子の状態変化を観測する方法もありますが、ここではより広く用いられる反射や透過を用いたポンププローブ分光法について考えましょう。
 透過や吸収、反射といった光学特性は電子分極に由来するので、電子が励起状態にあると特性も変化します。ポンププローブ分光では、「ポンプ光」と呼ばれる一つ目のパルス光で励起された電子の状態変化を「プローブ光」と呼ばれる二つ目のパルス光の光学特性変化として検出します。 より一般的に用いられるのは過渡反射率変化(過渡応答)を用いる方法です。図に示すのは一次元鎖状の結晶構造を持つTaS3のポンププローブ分光による過渡応答です。電子系の初期条件(平衡状態)に対する依存性を見るため、温度を変化させています。この物質はTC=220Kで電子格子相互作用にもとづくギャップを形成し、金属から半導体へと相転移します。その結果、TC付近に長い緩和時間を持つ過渡応答を確認できます。また波長800nmから1μmの領域に共鳴が存在するため、異なる波長のプローブ光を用いると共鳴条件を変化させることができます。図に見られるように、共鳴条件に応じたコヒーレント振動の変化が観測され、その一つは電荷密度波振動に特有の振動数変化を示すことが確認できます。

  • Y. Toda, R. Onozaki, M. Tsubota, K. Inagaki, and S. Tanda, Optical selection of a multiple phase order in the CDW condensate o-TaS3 using a spectrally resolved nonequilibrium measurement, Phys. Rev. B 80 121103(R)-1-4(2009).
  • K. Shimatake,Y. Toda, S. Tanda, Selective optical probing of the charge-density-wave phases in NbSe3, Phys. Rev. B 75, 115120 (2007).


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    光誘起相転移

    ポンププローブ分光では、ポンプ光で励起された非平衡電子の時間発展を観測します。平衡状態にある電子系が秩序を形成している場合、高強度の光励起は秩序状態を局所的に破壊することになります。このとき電子系は、もとの平衡状態に戻るために秩序を回復しながら緩和します。したがって強励起の過渡応答を観測すると、秩序形成ダイナミクスを観測できます。
     図は酸化物高温超伝導体(TC=78K)の強励起過渡応答の温度依存性です。TCが最高値となる条件から若干ドープ量を低濃度に設定したアンダードープと呼ばれる試料を用いています。このような試料ではTC温度以上の広い温度範囲で、擬ギャップ(PG)と呼ばれる別の秩序状態が存在することが知られています。T*で示す温度はPGが形成される温度に相当します。
     実験結果を見ると、TCの前後で過渡応答の変化量と緩和時間が大きく変化する様子が分かります。TC以下の温度領域で見られる過渡応答は、詳細な解析から超伝導(SC)に寄与する準粒子緩和が支配的であることが示されます。他方、内挿図はPGの準粒子緩和が支配的な励起条件で得られた過渡応答であり、温度特性の比較から、主要図のTC以上に見られる過渡応答はPG準粒子の応答であると考えられます。TC以下の温度領域の過渡応答を詳細に調べると、PGの過渡応答が足し合わさっていることが分かります。高強度のポンプ光は励起領域のすべてのクーパー対を非平衡準粒子として励起していると考えると、SCの過渡応答は超伝導秩序形成(クーパー対形成)ダイナミクスを含んでいます。実際、TC以下の温度領域の過渡応答とTC以上で観測されるPGのみの過渡応答の差分を取ると、クーパー対形成が一定時間を経て始まる様子が示されます。その開始時間はPG準粒子の緩和時間と相関を持つことが示されており、擬ギャップ秩序が超伝導秩序形成にどのような役割を担っているか、解明の糸口となることが期待されます。

  • Y. Toda, T. Mertelj, P. Kusar, T. Kurosawa, M. Oda, M. Ido, and D. Mihailovic, Quasiparticle relaxation dynamics in underdoped Bi2Sr2CaCu2O8+δ by two-color pump-probe spectroscopy, Phys. Rev. B 84, 174516 (2011).
  • Y. Toda, T. Mertelj, T. Naito, and D. Mihailovic, Femtosecond Carrier Relaxation Dynamics and Photoinduced Phase Separation in κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]X (X=Br,Cl), Phys. Rev. Lett. 107, 227002 (2011).


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    コヒーレント分光

    上で紹介したポンププローブ分光では主に励起電子の密度変化を対象にしました。バンドギャップを介した共鳴励起の場合、励起電子は光の位相を長い時間保持できます。パルス光による共鳴励起の場合、励起電子はコヒーレントな(位相のそろった)分極振動を行います。このとき電子分極の可干渉性を利用すると、三次の非線型性にもとづく回折光の発生をポンププローブ分光で実現できます。ポンプ光で励起された電子とプローブ光で励起された電子が分極の回折格子を形成し、自己回折されたプローブ光が分極位相のコヒーレンスを反映した非線型信号となります。このような分光法は縮退四光波混合(degenerate four-wave-mixing: DFWM)と呼ばれます。
     図に示すのは窒化物半導体の励起子(電子-正孔対)のDFWMスペクトルの一例です。パルス光はスペクトル広がりを持つので、スペクトル幅内にある二種類の励起子が共鳴励起されており、強度の緩和は励起子分極のコヒーレンス緩和を反映しています。同時に強度が振動する様子が確認できますが、これは二種類の励起子を同時励起したことによる量子ビートと呼ばれる現象です。非線型性は電子および正孔のフェルミ粒子としての特性(パウリの排他律)や励起子間相互作用によって生じます。例えば図の結果では二励起子の束縛状態(XA-XAで示される励起子分子)が観測されています。このようにFWM分光を用いると、多体相関ダイナミクスの検出が可能となります。

  • 足立 智, 戸田泰則: 光波混合法による窒化ガリウム薄膜での励起子間相互作用の実空間マッピング, J. Vac. Soc. Jpn. 53, 387-392 (2010).


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    トポロジカル分光~光渦

    光の時間的な特性を利用した分光手法と物性解析への応用について紹介しました。ここでは光渦と呼ばれる特徴的な空間位相を持つ光を利用した新しい取り組みを紹介したいと思います。 渦と言うと鳴門の渦潮や台風を思い浮かべるかもしれません。超伝導やボーズ凝縮に見られる量子渦を連想する人もいるでしょう。光の場合、渦を形成するのは螺旋状の等位相面(波面)です。光渦以外にもツウィスト光やトポロジカル光波等の名称で呼ばれ、近軸波動方程式のラゲール・ガウス(LG) モードに対応します。位相が方位角方向に変化するため、ビームの中心は位相の定まらない位相特異点となります。その結果、ビームはドーナッツ状の強度分布を持ちます。光渦の詳細に関してはこちらを参照してください。
     光渦のように波面の回転する光は、光子が軌道角運動量を持つことを意味します(スピン角運動量は偏光で定義されます)。このような光の軌道角運動量は、光トラップされた微小球の回転操作等に応用されています。また光渦を物質に照射すると、非線形相互作用にもとづく軌道角運動量変換や、対称性に起因する渦の分裂、回転等の特徴的なダイナミクスを見ることができます。軌道角運動量は任意の整数値を取るため、量子ビットの多次元化を実現可能です。また空間位相を利用した多重通信等、情報処理分野への応用も期待されています。その実現には超高速域の軌道角運動量変換が必要となりますが、我々は半導体励起子を用いたコヒーレント分光から、サブピコ秒時間域の軌道角運動量変換・保存が可能であることを証明しています。
     ところで一次元の電子物質には特徴的なつながり方(トポロジー)に特徴を持つ物質群があることをご存知でしょうか。このトポロジカル物質は、ループ状に閉じた電子相関や電子格子相関にもとづく新たな物性機能の発現が期待されます。我々はポンププローブ分光を使った電子緩和を観測することによって、閉ループに特有の緩和特性や電荷密度波振動の変化を捉えることに成功しています。ループ状に閉じた一次元電子は、方位角方向の偏光依存性を持ちます。このような偏光の特異性は、偏光渦と呼ばれるトポロジカル光波を用いたポンププローブ分光により観測することができます。

  • Y. Ueno, Y. Toda, S. Adachi, R. Morita, T. Tawara, Coherent transfer of orbital angular momentum to excitons by optical four-wave mixing, Opt. Express 17 20567–20574(2009).
  • Y. Toda, S. Honda, R. Morita, Dynamics of a paired optical vortex generated by second-harmonic generation, Opt. Express 18, 17796-17804 (2010).


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