1.研究目的
コバルト酸化物は、結晶構造・コバルトの原子価状態・スピン状態の高い自由度に起因した
多彩で興味深い性質を示す。例えば、リチウム二次電池の正極材料であるLixCoO2では、
コバルト価数の可変性に由来する大きなリチウム不定比性により、高い充電容量と優れたサイクル特性が
実現している。また、コバルト価数変化に伴う酸素含有量の増減(酸素不定比性)を、酸素ガスの貯蔵に
利用できる可能性がある。一方、NaxCoO2 (x〜0.7) は金属伝導性と大きな熱起電力を
同時に示し、高性能熱電変換材料として応用が期待されている。この物質では、コバルト3d電子の電子相関
効果が巨大熱起電力の発現に重要な役割を演じていると考えられている。
本研究では、2種類のコバルト酸化物YBaCo4O7+ およびAxCoO2 (A = Li, Na)
に着目し、化学組成を精密制御した試料合成と結晶構造・電磁物性の評価を行い、機能性の起源である電子構造
の解明を通じて新規機能性の開拓を目指す。
2.研究成果
(1)YBaCo4O7+dの特異な酸素吸放出特性:新規酸素貯蔵材料への応用
我々は、コバルト酸化物:YBaCo4O7+d(以下 "Y-114" と呼ぶ)
がCo2+〜Co3+の価数変化を伴う酸素吸放出現象を示すことを発見した。
図5の320℃における等温熱重量分析データから分かるように、この物質は周囲のガス雰囲気に応じて多量の酸素を
高速且つ可逆に吸放出する能力を備えている。この酸素吸放出によって結晶構造がどのように変化するのかを
明らかにする必要がある。
Y-114のユニークな酸素吸放出特性を活かして、酸素ガスに関連した様々な応用が考えられる。例えば、
(1) 酸素吸収能力を利用して「酸素貯蔵材料」としての応用や、(2) Y-114が酸素に対してのみ吸放出現象を示すこと
に注目し、酸素分離装置への応用、また (3) 酸素選択膜や、(4) 排ガスの燃焼触媒材料としての実用化も期待できる。
図5  YBaCo4O7.0試料の320℃における等温熱重量分析曲線.
雰囲気を窒素→酸素→窒素…と切り替えて試料重量を測定した.
本物質が多量の酸素を高速且つ可逆に吸放出する能力を備えていることが分かる.
(2)NaxCoO2系の極限物質CoO2 (x = 0) の
電気化学合成と電子構造の解明
コバルト酸化物系の高性能熱電変換材料を設計するためには、NaxCoO2について Na含有量 (x) をパラメータとした電子状態図を構築し、その電子構造を理解することが重要である。 本研究では、NaxCoO2と共通のCoO2層を含む関連物質:LiCoO2の 電気化学的酸化(LiCoO2からのLiデインターカレーション)により、NaxCoO2系の
極限物質に相当するCoO2 (x = 0)の単一相試料の合成に初めて成功した。
高品質試料を用いた詳細な物性研究により、CoO2相の電子構造が解明されつつある。
本物質は広い温度範囲でほぼ一定の比較的大きな磁化率を示し(図6)、遍歴電子による常磁性金属で
あると考えられる。また最近行われた固体NMR実験により、CoO2相は優れた熱電変換特性を示す
NaxCoO2とは対照的に、磁気相互作用の非常に弱い物質であることが明らかになった。
CoO2相における磁気相互作用(=電子相関効果)の消失は、本物質がアルカリ金属イオン層を
含まない3次元的な結晶構造を持つことに起因すると考えられる。
図2 CoO2およびLiCoO2の磁化率曲線.
CoO2は前駆体のLiCoO2からLiイオンを電気化学的に
完全脱離することにより合成した(挿入図).
3.今後の展望
(1)酸素貯蔵材料YBaCo4O7+d
YBaCo4O7+d(Y-114) の優れた酸素貯蔵能力は、
主にユニークな結晶構造によってもたらされていると考えられるが、詳細はまだ明らかになっていない。
本物質の結晶構造・化学組成と酸素吸放出特性の相関関係を明らかにし、酸素貯蔵メカニズムを解明することが
急務である。その知見を基に、新たな高性能酸素貯蔵材料の創製が期待される。
(2)LixCoO2の電気化学合成
CoO2相に関する研究により、巨大熱起電力発現のためには2次元的な電子構造が
重要因子である可能性が示唆された。現在、Li含有量を幅広くかつ精密に制御した
LixCoO2試料
(x = 0.0 - 1.0) を電気化学合成し、直流磁化・熱起電力・NMR/NQR測定による電子構造の系統的な研究が進行中である。
今後は、コバルト酸化物の価数状態・結晶構造の制御により高性能熱電変換材料の創製を目指す。また、
本研究で得たノウハウを活かして、異常高価数金属を含む新物質の電気化学合成や電気化学結晶育成などの実施を計画している。
4.論文発表