光で物質を探り、操る

私たちは、中赤外光やテラヘルツ(THz)光を用いて物質を非平衡状態へと駆動し、光によって生み出される電子状態や秩序状態、その超高速ダイナミクスを研究しています。光の周波数・偏光・強度を選ぶことで、電子・格子・スピンなど物質中のさまざまな自由度を選択的に駆動し、平衡状態にはない物性や応答を引き出します。

研究対象は、トポロジカル物質や相関電子系を中心とした量子物質です。電子やスピンが互いに関わり合うことで現れる磁性や電子秩序、トポロジカルな性質に着目し、光によってこれらの性質がどのように変化するかを探ります。

超高速・テラヘルツ分光や磁気光学イメージングなどの計測技術を組み合わせ、光によって変化する電気伝導、磁気応答、光学応答を直接捉えるとともに、光による物性制御と機能化を目指しています。

01

Floquet engineering in a 3D Dirac semimetal

3次元ディラック半金属におけるフロッケエンジニアリング

光を照射すると、物質中の電子は光の周期に合わせて駆動され、もとの物質には存在しない電子状態を形成することがあります。このような「フロッケ状態」を利用すれば、光を照射している間だけ物質の電子状態やトポロジカルな性質を変化させることができます。

私たちは、3次元ディラック半金属Co3Sn2S2を円偏光中赤外光で駆動し、時間分解テラヘルツホール分光によってその輸送応答を測定しました。その結果、光を照射している間だけ異常ホール伝導が現れ、その符号や大きさが光の偏光によって変化することを見いだしました。また、応答の駆動周波数依存性は、フロッケ理論による予測と定量的に一致しました。

この研究は、光によって電子状態を動的に再構成し、そこから生じるトポロジカルな応答をホール伝導として捉えたものです。光を用いてトポロジカル物性を高速に設計・制御するための基盤となります。

3次元ディラック半金属におけるフロッケエンジニアリングの実験結果
(a) 光の周期的な電場を物質に加える(左)と、元の物質とは異なる電子状態が形成される(右、フロッケ状態)。 (b) Co3Sn2S2に中赤外光パルスを照射し、異常ホール伝導をテラヘルツ偏光回転によって時間分解測定した結果。グレーで示した中赤外光パルスの照射中のみ、円偏光の向き(右回り:赤、左回り:青)に応じて符号が反転するホール伝導が観測された。

02

All-optical magnetization control of magnetic Weyl semimetals

磁性ワイル半金属の全光学的磁化制御

磁性ワイル半金属では、磁化の向きとワイル電子のトポロジカルな性質が密接に結びついています。そのため、磁化を反転させることができれば、物質のトポロジカル物性も同時に書き換えることができます。

私たちは、強磁性ワイル半金属Co3Sn2S2に円偏光中赤外光を照射することで、外部磁場を用いることなく磁化を反転できることを見いだしました。磁気光学イメージングとテラヘルツ偏光分光によって、光の円偏光の向きに応じて磁化が決定論的に反転し、それに伴って異常ホール伝導の符号も不揮発に反転することを明らかにしました。

さらに、光を照射する場所を選ぶことで、磁区構造を空間的に書き換えることもできます。この「光で磁気パターンを書き込む」技術は、現在、テラヘルツ波の波面や振幅を制御する光書き込み型テラヘルツデバイスの研究へと発展しています。

磁性ワイル半金属の全光学的磁化制御の実験結果
(a) 強磁性転移温度以下に冷却したCo3Sn2S2に対し、照射位置をスキャンしながら中赤外光パルスを照射した後の磁気光学イメージング像。円偏光の向きに応じて、上向き磁化(赤い領域)・下向き磁化(青い領域)に揃うことが明らかになった。 (b) 光の偏光によって磁化の向きを反転させることで、磁化と密接に結びついた電子状態やトポロジカルな性質も同時に書き換えることができる。

03

Nonthermal phase transitions in charge-density-wave systems

電荷密度波物質における非熱的相転移

物質の相を変える一般的な方法は、温度を変えることです。しかし、光を使って物質の特定の自由度だけを直接駆動すれば、物質全体を加熱することなく相を変化させられる可能性があります。

私たちは、電子と格子が結合して電荷密度波(CDW)を形成する物質に強いテラヘルツ光を照射し、CDW秩序そのものの振幅振動を選択的に励起しました。時間分解光学測定とテラヘルツ伝導度測定を組み合わせることで、励起後に通常の高温金属相とは異なる、絶縁的な光誘起準安定状態が形成されることを見いだしました。

この相転移は単純な温度上昇では説明できません。光によって電子を無差別に励起するのではなく、秩序を担う特定の集団運動を狙って駆動することで、新しい非平衡状態を創り出せることを示しています。

電荷密度波物質における非熱的相転移の実験結果
(a) 強いテラヘルツ光によって、電荷密度波(CDW)秩序の振幅振動を選択的に駆動し、その後の変化を弱いテラヘルツ光で測定するポンプ―プローブ分光の模式図。 (b) テラヘルツ光照射後の伝導度変化。照射後に伝導度が減少し、通常の高温金属相とは異なる絶縁的な光誘起状態が形成された。

04

High-harmonic generation in atomically thin materials

原子層物質における高次高調波発生

強い光を物質に照射すると、入射光の周波数の整数倍の光が発生する「高次高調波発生」が起こります。これは、強い光電場によって電子が大きく駆動されたときに現れる極端な非線形光学現象であり、その発生過程には、物質の電子状態やバンド構造の特徴が反映されます。

私たちは、中赤外光を用いてグラフェンの高次高調波発生を世界で初めて観測し、その強度が光の偏光に対して特異な振る舞いを示すことを見いだしました。さらに、単層遷移金属カルコゲナイド(TMD)では、高次高調波の偶奇性・強度・偏光特性が、スピンとバレーが結合した電子状態の対称性やエネルギー構造を敏感に反映することを明らかにしました。

これらの研究は、高次高調波を単に短波長の光を発生させる現象としてではなく、強い光電場によって駆動された電子状態を調べる手段として捉えたものです。光と電子の相互作用が物質固有のエネルギースケールに匹敵する強い光駆動のもとで生じる非線形応答を明らかにし、その後の光による電子状態の制御やフロッケエンジニアリングへとつながる基盤となりました。

原子層物質における高次高調波発生
(a) グラフェンに中赤外光を照射して発生する高次高調波のスペクトル。中赤外光(光子エネルギー0.26 eV)に対し、整数倍の高調波が観測された。 (b) 中赤外光の楕円率に対する高次高調波の強度依存性。楕円率が大きくなるにつれ、楕円主軸に平行な偏光成分(赤)は弱くなるのに対し、垂直な偏光成分(青)には顕著なピークが現れる。この特異な偏光依存性は、強い光電場によって駆動されたグラフェンの電子状態を反映している。