特集

女性研究者座談会

できないことは何もない
皆に開かれた工学の扉の先へ

2023年4月、本学の工学研究院に
初の女性副研究院長が誕生しました。
その任を担う伊藤真由美先生とともに、
工学の魅力を追いかける
女性研究者たちの座談会。
誰にでも開かれている
工学の扉を一緒に開けてみませんか。

  • 「男女がお互いに
    力を合わせて」

    工学研究院 副研究院長
    資源循環システム部門
    資源循環工学分野
    資源再生工学研究室
    教授 伊藤 真由美

    2000年北海道大学大学院工学研究科博士後期課程修了。同年早稲田大学理工学部客員研究員、2001年同大学理工学部助手、2004年北海道大学大学院工学研究科助教、2010年同大学大学院工学研究院准教授を経て2022年より教授。2023年4月工学研究院副研究院長に就任。

  • 「大切なのは自分が
    どうしたいか」

    応用量子科学部門
    量子生命工学分野
    量子ビーム応用医工学研究室
    准教授 松浦 妙子

    2006年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。2006年European Centre for Theoretical Studies in Nuclear Physics and Related Areas、2008年国立がん研究センター東病院、2010年北海道大学医学研究科を経て2015年より同大学大学院工学研究院准教授。

  • 「心惹かれるものを
    選んで現在に」

    大学院工学院
    環境フィールド工学専攻
    河川・流域工学研究室
    博士後期課程2年
    宮本 真希

    札幌東高校出身。総合理系入試で入学。ヨット部入部をきっかけに気象学に関心を持ち、河川・流域工学研究室を選択。現在の専門研究は前線停滞期の降雨特性に着目した豪雨の将来予測。

  • 「将来は北海道に
    貢献したい」

    大学院総合化学院
    総合化学専攻
    応用生物化学研究室
    博士後期課程1年
    梅澤 朱理

    札幌北高校出身。総合理系入試で入学。小さい頃から関心があった微生物や生化学を学びたくて工学部に進み、応用生物化学研究室へ。現在の専門研究は微生物の二次代謝産物の生合成研究。

北大の学部生4人に1人が工学部 うち1割強が女子学生

司会 「工学の魅力と女子学生へのエール」をテーマにした今回の座談会、先生お2人と博士後期課程の学生2人に集まっていただきました。はじめに2023年4月、北海道大学工学研究院初の女性副研究院長となられた伊藤真由美先生に改めて工学の魅力、そしてその役割について伺います。

伊藤 まず北海道大学工学部の入試についてお話ししますと、高校生の皆さんは大学入試の時に学部や学科を決めずに入ってこられる総合理系入試と、最初から工学部を目指す方向けの学部別入試のどちらかを選ぶことができます。北海道大学は日本を代表する総合大学の1つであり、学部生の4人に3人が理系学生、4人に1人が工学部生という特徴を持っています。2年次から配属される工学部では、私たちが朝起きてから夜寝るまでの生活をより豊かにするものや、より環境に配慮した生活を送れるような新しい技術の開発など、暮らしの安全や便利さに結びつく実学を学びます。社会と直結する学びを実感できてワクワクする気持ちや、世界でまだ誰もやったことがない分野を切り拓く達成感を実感できる場所、それが工学部です。

司会 学部生の4人に1人が工学部生とは多いですね。その中には今日のテーマでもある女子学生も含まれています。

伊藤 工学部の女子学生の割合は13%とまだ低いですが、今後増える兆しが見えています。後で詳しくお話ししますが、工学は実は非常に幅の広い学問ですので、女子学生も関心を持つような分野との接点もたくさんあります。結婚・出産・育児というライフイベントも、近年は男性・女性双方が協力して乗り越える風潮が高まっています。私の資源再生工学研究室のOB・OGたちを見ていても、そう実感しています。「男性にしかできない工学研究」というイメージは、徐々に過去のものになりつつありますね。

『もやしもん』やヨット部 自分の「好き」に正直に

司会 今日お集まりの皆さんは初対面同士だとか。松浦先生から自己紹介をお願いします。

松浦 私の専門は陽子線を使ったがん治療です。他大学の理学部出身ですが、北大病院陽子線治療センターが立ち上がるのをきっかけに北海道に来ました。今は量子ビーム応用医工学研究室に所属しており、医学と工学の境界領域にいます。宮本さん、梅澤さんは2人とも所属研究室が違うんですね。

宮本 はい、私は河川・流域工学研究室の博士後期課程2年です。気象学の中でも特に前線に注目し、豪雨の将来予測の研究をしています。

梅澤 私は応用生物化学研究室の博士後期課程1年です。微生物の一種である放線菌の研究をしています。放線菌のどんな遺伝子が、どういう反応で抗生物質を作っているのかを明らかにしようとしています。

伊藤 2人ともどうして工学部に入ろうと思ったんですか?

梅澤 父親が高校の理科の先生だった影響もあり、小さい頃から化学系の実験番組が好きで、微生物をテーマにしたコミック『もやしもん』も夢中になって読んでいました。「微生物って面白いな」という関心から、生化学の研究ができる学部を探しました。いくつかの学部に生化学系の研究室があり少し悩みましたが、より幅広い分野に触れられそうな工学部を選択しました。

宮本 私は梅澤さんと違って「これ!」というものが決められず、色々見てみようという思いで総合理系入試を選択しました。気象学に目覚めたのは、小樽での体験会が最高に楽しかったヨット部に入部したのがきっかけです。ヨットは帆に風を受けて前に進むスポーツですから、風のことを勉強しているうちに気象学が面白くなっていきました。心惹かれるものを選んでいったら、今に落ち着いたという感じです。

松浦 2人とも自分のやりたいことをしっかり見つめながら、今の道に進んでいるのが伝わってきました。私はポスドクの時に一度、将来の方向性を迷ったことがあったんです。自分の専門を活かしつつ、もう少し人の役に立てる実感が持てる研究をしたいと思っていたときにちょうど、北大病院陽子線治療センター開設の話があり、それが大きな転機になりました。その時に実感したのは、「工学はすごく懐の深い学問だ」ということ。今の医学・工学・理学が融合した領域にいられるのも、北大工学の大きな受け皿があったからだと感じています。

アフリカの鉛中毒に異分野融合で立ち向かう

伊藤 今の松浦先生のお話、とてもよくわかります。北大は総合大学ですからそれぞれ専門性の高い学部が集まっており、多様な専門知識を持つ異分野と工学が融合することで、日々新たな先端技術が現在進行形で創造されています。松浦先生のように医学や理学と融合することもあれば、資源ではアフリカの子どもたちや動物の重金属汚染について獣医学部から「誰か、この分野に詳しい人が工学にいませんか?」と打診を受け、大きなプロジェクトが動いています。私たち工学研究者からは重金属を含む鉱石を採掘する現場の環境修復技術を提案し、さらにそこに採掘現場の緑化や保健医療に関する専門家、子どもたちの鉛中毒が解決するとどれだけ経済状況が改善するかを評価する経済学のプロも加わり、非常に多種多彩なメンバーが集まりました。工学、獣医学、農学、医学、経済学などのさまざまな異分野が融合して地球規模の課題に取り組んでいく。こうした工学の異分野融合によるたくましい進化は、これからも続いていくと感じています。ちなみに、最初の頃にプロジェクトメンバーで開いた勉強会は、皆の専門があまりにも異なりすぎて、何を説明してくれているのかお互いにちんぷんかんぷんでした(笑)。それでも回を重ねてグループで話し合っていくうちに目標が定まり、役割分担も決まって皆の気持ちが一つに盛り上がっていく。一研究者としても非常に刺激的な経験になっています。

司会 そうした異分野融合プロジェクトにも女性研究者の活躍の場がありそうですね。

伊藤 基本は、自分の専門外のことにも好奇心が旺盛な人が集まるので性別に関係なく、盛り上がります。いろんな人の話を聞いて、自分がわからないことを素直に質問できる人もいれば、皆の意見をまとめるリーダー的なポジションにももちろん女性はいます。そう言われてみると、うちのゼミ長も女性が多いかな。松浦先生、どうですか?

松浦 まとまりがいい学年は、実は女子学生リーダーが皆の意見を取りまとめて頑張ってくれていたということも多々ありました。

梅澤 先生たちのお話を聞いて、学部時代に「みんなで勉強しようか」と声をかけてくれたのも、そう言えば女子が多かったかなと今、思い出しました。

これまでと同じことを
やっていては見えない答えが
求められる時代に

インターンや学外交流、他者の視点を成長の糧に

司会 北大は海外や学外との交流も活発に行われています。

伊藤 これも資源循環システムコースの学生さんの例になりますが、2年に配属されてきた学生にはまず基礎的な技術英語の重要性をしっかり理解してもらいます。というのも、3年の4月にはインターンシップガイダンスがあり、希望者は国内でも海外でも現地ならではの豊かな経験を積むことができます。逆に、これはどの研究室もそうだと思いますが、北大には海外からのインターンシップ生や留学生もたくさん来ていますので、英語を話す・聞く機会が日常にあり、国際交流に臆せず溶け込みやすい環境が整っています。国内の交流で言えば、北大には九州大学大学院工学府と構成している共同資源工学専攻があります。北海道と九州でお互いのリソースを活用し、ゼミやワークショップを行っています。そこに支援してくださる企業さんが加わり、企業目線のご意見を聞かせていただけることも、学生たちにはとてもいい勉強になっているようです。今はオンラインの環境が整い、気軽に繋がれるようになったこともプラスにはたらいています。宮本さんと梅澤さんは、海外経験はありますか?

宮本 2022年11月にヨーロッパに行き、国際会合の発表を聞いたり、現地の大学を訪ねて学生たちとディスカッションをしてきました。2024年には札幌で自分たちの分野の国際学会が開かれる予定ですので、受け入れ側として交流の場やフィールドトリップを企画しています。

梅澤 私も今年1月に初めてアメリカの国際学会に参加しました。論文でお名前を知っていた先生たちの発表を直接聞けたことで、おおいに刺激を受けました。私自身の研究で言えば、現在、台湾の大学の先生に自分ではできないようなタンパク質の結晶構造の解析をお願いしています。指導教員からも「博士修了後はポスドクとして海外で研究する道もあるよ」と言っていただいているので、将来の選択肢の一つに入れて考えている最中です。

宮本 研究者以外の人たちとの繋がりでお話ししますと、流域治水という研究では「川の周りの生活を守る」という視点で住民や自治体、企業などさまざまな立場の人たちと話し合う場があります。特に北海道の東部は、2016年に史上初の4連続の台風に襲われ、たくさんの川が氾濫して甚大な被害を受けました。その地域での災害時の避難体制を構築するプロジェクトでも、私たちが研究室で考えたプランを、実際に住民の方々に納得して実行してもらうために奮闘してくれている行政の方々がいます。どんなにIT社会が進んでも、土木という分野は決してコンピュータ任せにならないし、そこに暮らす人たちを守ろうと頑張っている人たちがいる。そういう人たちの話を聞くことができたのは、とても大きな意味があると思います。

結婚か研究か?協力して「どちらも」の時代へ

司会 女性研究者には出産・育児というライフイベントもあります。

松浦 私はまさに今、育児中でして、昨日も4歳の子が熱を出したので国際ミーティングを欠席して様子を見ていました。でもこれは毎回子どもに何かあるたびに私が休んで…というわけではなく、むしろ今は夫が仕事の量を落として家や子どものことを見ており、外で働くのは私がメインという役割分担をしています。私の同僚たちにもいろんなパターンがあり、研究職でも男性がメインで働くという一択ではなくなってきたように感じています。伊藤先生はいかがですか?

伊藤 うちはコースの同期同士の学生結婚でした。お互い尊敬し合い、2人とも自立しているので、先月も私が4週間出張に出ましたが支障は感じませんでした。最近は「子どもが熱を出したのでお先に」と早退する男性研究者も普通にいて、周囲の理解も進んでいる気がします。

宮本 世間的には博士課程を修了する20代後半はいわゆる結婚適齢期だと言われていて、それをどうしても意識してしまう自分がいます。でも博士の学位を取得すれば研究者としてスタートラインに立つことになり、もっといろんなところに出向いて、いろんな経験を積みたいという気持ちもあります。

梅澤 私も宮本さんと全く同感です。自分が研究者としてバリバリやっていけるかもまだ見えてこない中で、いつか結婚するのかな?もし結婚しても研究とのバランスはどうなるんだろう?と、考え始めると少し不安になります。

伊藤 実はお2人が気にしていることは今、男性研究者たちも気にかけています。もし海外赴任の話が来たらパートナーを一緒に連れて行けるか、そういう環境で自分たちを迎え入れてもらえるかどうかは、就職活動の一つの目安にもなっているようです。繰り返しになりますが、今は男性・女性の双方が力を合わせてライフイベントを乗り越えていく時代です。選択肢も多様に広がっているので、自分たちだけで考えこまずにぜひ周囲を見渡してみてください。時代は確実に進んでいます。

自分との接点が必ず見つかる 工学の世界を楽しんで

司会 学生のお2人に伺います。今後の目標と、今改めて実感する北大の魅力とは?

梅澤 私は札幌が地元で、自分の好きな理科や生化学の研究で地域に貢献したいという思いがあり、北大に入りました。北大にはノーベル化学賞を受賞された鈴木章先生がいらっしゃるように化学に強い伝統がありますが、残念ながら卒業生の大半は道外に就職する傾向も。今日聞いた宮本さんの災害避難対策のように大学生の頃から地域課題の解決に取り組めるところも、北大の大きな魅力だと思います。これをご覧の皆さんの中に同じ気持ちの方がいたら、ぜひ北大工学部へ。私自身、将来はどんな形でも北海道に貢献できる人材になれたらと思っています。

宮本 私は学部でも修士でも就職活動をしたことがあります。でもその度にどうもピンとこなくて、それならもう少し研究を続けていろいろ学んだその先で進路を考えてみようと思い、博士課程に進みました。現在、指導教員からは研究においても人生においても大事なことを学ばせてもらっており、この選択肢でよかったなと感じています。今、気象学の研究を続けて思うことは、気候変動が進み、誰にも予測できない世界が待ち受けている中、これまでと同じことをやっていてはダメだということ。土木の分野も従来のようにそれぞれが分業するだけではなく、全員が全てを把握していなければ見えてこない答えを求められている気がします。なので私ももっといろんな人と交流して、将来的には幅広い視点を活かせる人材になりたいです。北大の魅力は、1年次に多彩な同級生と出会えること。その繋がりは学部に分かれてからも続く、総合大学ならではの魅力だと思います。

司会 松浦先生、伊藤先生は本日の座談会、いかがでしたか?

松浦 今日は宮本さんと梅澤さんの話を聞いて、すごく元気をもらいました。「これがやりたい!」という2人のまっすぐな気持ちと、それをサポートする周りの方々の応援がとても眩しかったです。北海道大学にはそんな2人を応援する制度や仕組みがたくさんありますので、それらを活用しながらこのまま進んでいってほしいと思います。今、女子高生の皆さんの中には理系や工学に対してハードルの高さを感じている方もいるかもしれませんが、大切なのは「自分が何をやりたいか」という思いです。今日ここでお話を聞いた方々のように達成感がある人生を送れるよう、北大が応援しています。

伊藤 私も今日は皆さんのリアルなお話を聞くことができて、大変楽しかったです。梅澤さんが台湾の大学に共同研究をお願いしていたり、宮本さんから行政担当者の話が出たり、やはりどこかで必ず協業や異分野融合が進んでいるのも、頼もしく聞いていました。このように工学の世界は実に幅広く、「自分が興味を持てる分野が一つもない」ということがないくらいに皆さんの生活や社会と繋がっていることを、高校生の皆さんにぜひ知っていただきたいと思います。特に日本は今、平等の扉が開き、女性研究者も活躍が期待されています。私たちはなんでもできるということを、一緒に楽しんでいきましょう。

司会 本日はありがとうございました。