研究紹介

単結晶固体酸化物表面の構造と化学反応

ナノ材料科学講座
表面活性構造物性分野

1. 序

酸化物表面は、物質創生の場としてまた、化学反応の場として無限の可能性をもっている。しかし、基礎となる単結晶酸化物の表面化学研究はその緒に就いたばかりである。大きな理由として、原子分子レベルで酸化物表面の構造や物性を調べる手法が欠如していたためである。われわれは、単結晶表面の構造を規定する手法の開発に取り組むとともによく規定された酸化物表面を用いて、その表面上に新物質を精密の調製することを目的に研究を展開している。

2. 酸化物表面研究に適した手法の開発

これまで、半導体や金属の表面研究は、電子線を用いることで、活発に展開されてきた。しかし、絶縁体である酸化物に対しては、電子線を用いることが必ずしも有効ではない。そこで、こうした酸化物に適した手法の開発に取り組んでいる。表面化学を研究するためには3つの分解能を持つことが大切である。すなわち、空間、時間、化学分解能である。それら3つの分解能を兼ね備えることが大事である。また、こうした新手法開発には、新しい機器を設計、製作する必要がある。われわれは、これまでに PTRF-XAFS, EXPEEM、XANAMなどの新しい手法に必要な装置開発を行い、単結晶表面の研究に展開した。

PTRF-XAFSによる単結晶酸化物表面の構造研究

酸化物表面に金属などの触媒活性点を高分散させたものは、担持金属触媒と呼ばれ、多くの固体触媒がこの担持金属触媒に分類される。担体上の金属の形や金属と担体との相互作用は重要であるが、詳細はわかっていない。われわれは、こうした情報を得るためにPTRF-XAFS(偏光全反射蛍光XAFS法)を開発してきた。図1は、現在使用しているPTRF-XAFSIII装置である。この手法を用いると図2に示すような表面金属の立体構造を世界で初めて明らかにすることができた。


図1 PTRF-XAFSIII 装置 高エネルギー研究機構物質構造科学研究所BL9Aにて活躍中(W-J.Chun, Y.Koike, K.Asakura,et al. JSR,8(2000)168)


図2 PTRF-XAFSにより決定したTiO2(110)表面のCuの構造 (W.-J.Chun, Y.Tanizawa K.Asakura, J.Phys. Chem. 107(2003)12917)


EXPEEMによるナノレベルリアルタイム表面化学マッピング法の開発

表面のナノオーダで起こっている化学プロセスとそれぞれの化学状態を識別しながら観測することは表面ナノ材料開発精密設計に重要な役割をもつ。従来PEEM(光電子放出顕微鏡)により、ナノオーダのリアルタイム化学プロセスマッピングは可能となったが、化学状態を分析する能力が乏しかった。われわれは、X線を用いることで、化学状態分析の可能な手法EXPEEM法の開発に取り組んできた。この手法はX線により表面から飛び出す光電子をWien filter型電子エネルギー分析器で電子エネルギーを分析しながら、表面マッピングをする手法で、従来非常に難しいとされてきた。


図3 EXPEEMによるナノオーダ表面観察 選別する光電子のエネルギーを変化させると 見える金属が光電子ごとに違う。左から2次電子、Auの光電子ピーク、Taの光電子ピークで結像したもので、それぞれ明るくなっている元素ごとに明るくなっている。(Y.Yasukuku, H.Niimi, Y.Kitajima, K.Asakura Chem.Lett., 8(2002)842; JJAP in press)


物質構造科学研究所と共同することで、図3に示すように、われわれは世界で初めて、Wien filterを用いて元素選別マッピングに成功した。しかし、測定時間が1時間とかかるので、リアルタイムマッピングにはいたっていない。現在,(株)日本電子と図4に示すようなEXPEEM MkIIの製作に取り組んでいる。これはWien filterを多極子化することで、高感度、高分解能を達成することを目指した装置である。


図4 EXPEEMII 新開発多極子コイルレスWien filterを搭載した新機種である。(H.Niimi,T. Kawasaki, T.Miyamoto, K.Asakura, Appl.Surf.Sci,237(2004)641)


XANAM-一原子化学顕微鏡を目指して

光電子放出顕微鏡は理論的に数nmが空間分解能の限界である。一方走査探針顕微鏡は、原子像の取得が可能であり、特にNC-AFM法は、絶縁体試料を測定することができる。図5は我々が触媒材料として重要なMoO3単結晶の原子分解像を測定した結果を示してある。この手法とX線を組み合わせることで、1原子ごとの元素を種別した顕微法の可能性を探っている。図6はX線によりNC-AFMの信号がどう変化するかをとらえたスペクトルであり、X線によりNC-AFMの信号量を変化させ、元素分析が可能であることを示した最初のものである。


図5 NC-AFMによるMoO3単結晶の原子分解像


図6 XANAM法の概要 金をSi基板に蒸着し、Au,Si直上にNC-AFMの探針を固定した場合のスペクトル Au上では、AuのX線吸収端に変化が現れる。左下はXANAM装置である。(S.Suzuki, W-J.Chun, K.Asakura, Chem. Lett., 33(2004)636)


オペランドXAFSによる実時間実条件下触媒反応追跡

触媒反応条件下で触媒構造がどう変化しているか調べる手法それが、オペランドXAFS法である。われわれは、石油中から硫黄分を除去する脱硫触媒の高温高圧オペランドXAFSに成功した。現在実時間で化学反応を追跡する高速XAFS法の開発を進めている。

3. 精密制御表面ナノ材料の開発

リソグラフィー法によるマイクロファブリケーティッド触媒

リソグラフィー法は、半導体デバイスを製作する手法である。われわれは、この手法を用いて、精密設計された触媒材料開発を行っている。図7はVSbO4-Sb2O4触媒をリソグラフィーで調製した例であり、このような調整法で作成すると触媒性能がよくなることが観測された。


図 7 リソグラフィー法で作成した マイクロファブリケーティッド触媒(左)とその触媒性能(右) リソグラフィー法で表面を精密制御することで触媒性能が従来の2倍ちかくよくなっている。(Y.Ohminami, N.Matsudaira, Nakamura,S.Suzuki, W.J.Chun, K.Asakura M.Nagase, K.Mukasa, Bull Chem.Soc.Jpn. in press)


TiO2(110)表面を使った精密制御

TiO2(110)表面は、表面からつきだした酸素列が1次元に並ぶという特異な構造を持つ。この構造を用いて、特殊な金属構造を安定化させることができる。図2に示したCuはその一例であるが、Niを蒸着すると1x1014cm-2までは、数nmで大きさが制限されるNiクラスター生成するというセルフレギュレーション現象が観測された(図8)。その構造モデルを図9に示すが、表面との強い相互作用により、この構造が安定化していることがわかった。


図 8 TiO2(110)上のNiナノクラスターのセルフレギュレーション現象(T.Fujikawa, S.Suzuki, K.Asakura, et al. to be published)


図9 Niナノクラスターの構造モデル(Y.Koike, W.J.Chun, K.Asakura, et al.To be published)


4. 今後の展望

ナノ高機能知能触媒 (NEMC=Nano Electromechano Catalyst)の開発

表面のリソグラフィー法による触媒調製技術は半導体やマイクロマシンとも共通する技術であり、触媒機能(化学機能)のみならず、流量調整などの機械部(物理部分)や精密調製部分(知能部分)をくみあわせることが可能であり、従来の触媒にはない、知能を持った触媒を作り出すことができる。これは、触媒の新しい展開(触媒ロボット、触媒薬品など)に結びつくものと考えている。

ナノ化学プロセス精密制御法の開発(Nano Fine Tuning of Chemical Process)

様々な手法により実時間ナノ領域の観察が可能になればナノ領域の反応制御がナノオーダーで実現するようになる。これにより、化学プロセスをナノオーダで精密に制御し、ほしいものを100% 選択性で得る完全触媒への道筋をつけることができると期待している。