すごいね!クールラボラトリー[研究者紹介]

准教授 冨岡 克広
大学院情報科学研究院 情報エレクトロニクス部門
集積システム分野 集積電子デバイス研究室
量子集積エレクトロニクス研究センター
准教授 冨岡 克広
[プロフィール]
○研究分野/光デバイス、半導体物性、化合物半導体、CMOS、FET、ナノワイヤ、量子構造、結晶成長
○研究テーマ/燃えない近未来デバイスを創る材料・技術プラットフォームづくり
○E-mail/tomioka[a]ist.hokudai.ac.jp
2022.12.27掲載

オンリーワンの結晶成長技術が切り拓く
燃えないLSI搭載未来デバイスの道

半導体集積回路の発熱問題を長年の結晶成長技術で解消

今や円滑な日常生活に欠かすことのできないスマートホンやパソコン、デジタル家電は、半導体集積回路(LSI)が“頭脳”の役割を担っている。
シリコン製の半導体基板の上にトランジスタ(FET)やコンデンサなど多数の素子が集積することで様々な機能を果たすLSIは、時代が求める小型デバイスの進化と共に年々小型化の一途をたどり、その開発に世界中の研究者がしのぎを削っている現状だ(図1)。

「ただ、そこで必ず問題となるのがLSIの発熱量です」と、集積電子デバイス研究室の冨岡克広准教授は指摘する。パソコンやスマホで4Kなどの動画を見るには、LSI 内部にある100億個近くのトランジスタが一斉にスイッチング機能によって稼働し、演算処理にあたる。

「このとき、LSIが放つ発熱量はロケットエンジンのノズルの熱量にも匹敵するほど。メガネや時計などの小型機器に高性能LSIを搭載しても燃え尽きてしまいます。この発熱問題を抜本的に解決するために、私たちは長年蓄積してきた結晶成長技術を用いて全く新しい『燃えない半導体チップ』の開発に取り組んでいます」

※図1 小型デバイスの性能/体積ベンチマーク。波線はスマートホンの性能・体積値。デバイスのサイズが小さくなるほど機能は限られ、逆に高機能を優先するとウェアラブルなサイズから遠ざかる。

世界に先駆けて化合物半導体ナノワイヤ縦型トランジスタを構築

LSIのサーマルコントロールに向けて冨岡准教授がまず最初に取り組んだのは、シリコン基板上に異種材料からなるⅢ-Ⅴ族化合物半導体ナノワイヤを自在に集積できる技術を確立することだった。

「従来はシリコン基板上で異種材料の化合物半導体を結晶成長させると、剣山の針がバラバラの方向を向いたような不均一なものが出来上がり、性能にも難ありとされてきました。そこを我々はリソグラフィ技術のトップダウンと結晶成長技術のボトムアップ、双方の性質を融合し、シリコン基板の最表面の原子配列を特定の原子で並び替えることで、高均一の垂直自立したⅢ-Ⅴナノワイヤ(図2)を集積することに成功しました」

そうして構築した化合物半導体ナノワイヤを用いて、冨岡准教授たちは続けて縦型のトランジスタ(図3)を世界に先駆けて作製した。
「LSIの進化は常に小型化と発熱問題との闘いです。縦方向にFETを重ねることで占有面積を25%まで縮小でき、さらに変調ドープ構造という特殊な構造にすることで電子の動きを阻害する〈散乱〉の少ない道筋を作り、低電圧でも高電流を流すことが可能になりました。このⅢ-Ⅴ族化合物半導体ナノワイヤ縦型トランジスタを作製できるのは、国内でも我々のグループだけ。2008年に発表して以来、特許も取得しています」

驚くことに、この技術は集積電子デバイス研究室の学生たちが3カ月もあれば習得できるものだという。「電子顕微鏡で見て『自分でも本当に作れるんだ!』という驚きが、学生たちの研究に対するモチベーションになっているようです」と語る冨岡准教授。誰でも作れる結晶成長技術の継承が、若手研究者の育成にもつながっていることが伝わってきた。

※図2 シリコン基板上のマスクに孔をつくり、特定条件で結晶成長すると、GaAsナノワイヤアレイが均一に垂直自立して成長する。

※図3 縦型トランジスタ構造の模式図

思わぬトンネル効果でLSIの消費電力90%カット

化合物半導体ナノワイヤ縦型トランジスタ作製の過程では、思わぬ発見もあったという。
「シリコン基板と化合物半導体ナノワイヤの界面にトンネル効果が自然発生することを発見しました。これは最初から意図したものではなく、全くの偶然の産物。この電子のトンネル効果によって生じる電流を縦型トランジスタのスイッチング素子に活用することで消費電力を90%以上削減でき、長年の課題であるL S Iの消費電力の高さによる発熱問題が一気に解消できることになります」(図4)

すでにこの次代型縦型トランジスタに関心を示すメーカーとの話し合いが始まっている一方で、冨岡准教授は「燃えない半導体チップ」を柱に据えた北海道大学発の技術プラットフォーム作りにも意欲を見せる。

「大がかりな装置や天文学的な投資を必要とするものではないので、ベンチャー企業の方々にも気軽にお問い合わせいただけたらと思います。今はこの技術がニューロモルフィックやリザバーコンピューテイングなどの人工知能系の回路にも応用できることがわかってきました。そうするとSF映画に出てくるようなイヤホンサイズの小型コンピュータや高性能ARデバイスの実現も、そう遠い夢ではなくなります。従来のシリコンエレクトロニクス開発の枠組みにとらわれない自由な発想で、新しい日本の産業づくりを北海道から発信していきたいです」

※図4 赤い線がトンネル効果を使ったFETスイッチング素子。従来のMOSFETの物理限界を突破できることを証明した。

「学生時代に恩師がおっしゃった『結晶は美しくなければならない』という教えに導かれてこの分野にのめり込みました。美しい結晶が実現する未来を皆さんと一緒に作っていきたいです」