すごいね!クールラボラトリー[研究者紹介]

助教 北島 正章
大学院工学研究院 環境工学部門
環境工学分野 水質変換工学研究室
助教 北島 正章
[プロフィール]
○研究分野/水環境工学、環境ウイルス学、土木環境システム
○研究テーマ/新型コロナウイルスの下水疫学、水中の健康関連微生物
○E-mail/mkitajima[a]eng.hokudai.ac.jp
2021.01.18掲載

下水中のウイルス検出で感染流行の実態を把握
社会インフラとしての価値を高める「下水疫学」

新型コロナウイルスの
感染状況把握に役立つ下水疫学

2019年末に中国・武漢で端を発し、世界的に感染が拡大した新型コロナウイルス感染症(COVID-19,coronavirus disease 2019)。主な伝播経路はヒト-ヒト間での飛沫感染や接触感染であり、気道や肺などの呼吸器が主な感染部位である。感染の確認には保健所などで行うPCR検査(RT-qPCR)が一般的だが、軽症または無症状の患者も見られるため患者総数や感染の増加・減少傾向を的確に把握することは難しい。

こうした中、水質変換工学研究室の北島正章助教は「下水疫学」の観点から新型コロナウイルス流行状況を把握する技術の開発に取り組んでいる。

北島助教の専門分野は環境ウイルス学と水環境工学。下水疫学とは下水中のウイルス等を検出し、そのデータから感染流行状況の推定や人々の健康状態の評価などを行う研究分野だ。
「私を含めた水中ウイルスの研究者は、これまでノロウイルスやポリオウイルスなどの腸管系ウイルスを主な研究対象としていました。当初、新型コロナウイルスは呼吸器系ウイルスであるため、我々水中ウイルスの研究者が感染制御に貢献できることはあまりないと考えていましたが、流行の早い段階から感染者の糞便からウイルスが検出されたという報告があったため、下水中のウイルスも検出できるのではないかと考え調査を始めました」。

2020年4月、北島助教は海外の研究者と共同で下水中の新型コロナウイルスに関する世界初の総説論文を発表。その後、国際共同研究グループの一員としてオーストラリア・ブリスベン市や、米国ルイジアナ州などの下水試料から新型コロナウイルスのRNAを検出した。国内では山梨大学との共同研究で、新型コロナウイルスRNAの検出を報告する国内初の論文を発表している(脚注1)。

「ノロウイルスやポリオウイルスの感染対策では、公衆衛生的介入の効果の判断材料として下水調査結果が活用されています。新型コロナウイルスに関しても下水疫学調査が感染流行の実態把握に有用であると考えることができます」

ウイルス検出を可能にする
濃縮方法の確立を目指して

下水中では排水や雨水が混じることで濃度が薄まることから、ウイルスの濃度を検出可能なレベルまで高めるための濃縮技術が必要となる。ノロウイルス等の腸管系ウイルスは、遺伝物質であるDNAやRNAがキャプシドと呼ばれるタンパク質に覆われたウイルス粒子構造をとっている。しかし、新型コロナウイルスはウイルス粒子の表面がエンベロープ(脂質と糖タンパクかならなる皮膜)で覆われており、腸管系ウイルスと同様の方法では効率的な濃縮が難しい。

「私たちは複数のウイルス濃縮回収率を手法ごとに評価し、新型コロナウイルスの標準的手法の確立を目指した比較測定を行いました(脚注2)」。

測定の結果は、下水中の新型コロナウイルスの濃縮法を選択する上で広く参照できると考えられ、標準的検出手法の確立に大きく貢献するものと期待されている。

社会インフラを整備し
次のパンデミックに備える

下水疫学調査のデータは、感染症対策に関する政策決定のための判断材料のひとつとして、また今後の感染流行の実態把握のためのツールとしての活用に社会から大きな期待が寄せられている。世界においても現在、北島助教らを含む13ヵ国の研究者が参画する新型コロナウイルスの下水疫学に関する国際的な調査研究プロジェクトが進行中であり、今後は国際的連携による下水疫学調査の進展が期待される。

調査研究の進展とともに、今後力を入れていくべきものが下水疫学調査の社会実装である。日本は上下水道が整備されているが、ウイルスの検出や監視などが行なえる設備を有した下水処理場は少ないのが現状だ。北島助教は、「今後は、下水疫学調査の普及が重要になってくると思います。都市の汚水や雨水を排除するという機能だけでなく、下水を常時モニタリングすることで未知のウイルスや新たな感染症の発生をいち早く発見することができる。感染の予兆に気づき、早い段階から公衆衛生的な介入を行う判断材料を提供するという新たな価値や機能が付加され、社会インフラとしての役割が大きく発展すると思います。下水疫学の普及と社会インフラの整備は次のパンデミックに備えるための重要な施策になるはずです」と語る。下水疫学調査の社会実装に向けた産学官での取り組みも始まっており、北島助教も国土交通省や厚生労働省と連携したプロジェクトに参画するほか、大手製薬会社との共同研究にも着手し、下水モニタリングシステムの構築やウイルス遺伝情報解析の技術開発、研究・検査体制の確立などを推進していく計画だ。


脚注1 下水および河川水中における新型コロナウイルスRNAの存在実態に関する国内初の環境調査
2020年3月17日~5月7日、山梨県内において、下水処理場(処理方式:標準活性汚泥法)の流入水と塩素消毒前の処理水(最終沈殿池流出水)を各5試料、河川水(当該下水処理場からは十分離れた地点)を3試料、計13試料を採取。2種類のウイルス濃縮法と6種類のPCR法を組み合わせて水試料中の新型コロナウイルスRNAの検出を試みた。その結果、4月14日に採取した塩素消毒前下水処理水1試料から1Lあたり2,400遺伝子コピーの濃度で新型コロナウイルスが検出された。
脚注2 下水中のコロナウイルス濃縮回収率を手法ごとに評価
未処理下水にマウス肝炎ウイルス(Murine hepatitis virus, MHV)を添加し、7種類のウイルス濃縮法で下水中のMHVを濃縮。各濃縮法によるMHVの回収率を算出した。

(北海道大学プレスリリース:「下水中のコロナウイルス濃縮回収率を手法ごとに評価~COVID-19 の下水疫学調査を実施する上での標準的手法確立に期待~」)