すごいね!クールラボラトリー[研究者紹介]

准教授 松本 謙一郎
大学院工学研究院 応用化学部門
生物工学分野 バイオ分子工学研究室
准教授 松本 謙一郎
[プロフィール]
○研究分野/分子生物学、高分子化学
○研究テーマ/生物システムによる有用物質合成
○E-mail/mken[a]eng.hokudai.ac.jp
2015.03.23掲載

微生物の体内でグリコール酸を重合
改変型酵素を活用しグリコール酸ポリマーの生合成に初めて成功

バイオ分子工学研究室は、分子生物学的手法をベースとした研究を行っている。主な研究テーマは微生物や植物を使ったバイオプラスチック生合成システムの開発である。

「ある種の微生物は、ポリエステルを合成して細胞内に蓄積する性質を持っています。この能力を人工的に拡張すると、天然では合成されないような多様なポリエステルの微生物合成が可能であることが分かってきました。その中で、最近私たちが精力的に研究を進めているのがグリコール酸ポリマーです」と語るのは松本謙一郎准教授。

「グリコール酸ポリマーは生体内で分解する性質があり、医療分野で利用されているポリマーです。グリコール酸ポリマーは、グリコール酸を触媒重合して合成されますが、生体に入れる以上、触媒が残留する可能性があることは大きな問題で、その除去にもコストがかかります。このポリマーを生合成で作ることができれば、生物が使わない元素はもともと入っていませんので、素材としての付加価値は高まるのではないかと考えました」

この技術を実現するための鍵となったのは、同研究室で開発された改変型酵素である。天然のポリエステル重合酵素は、3-ヒドロキシ酪酸などの3位に水酸基を有するモノマーを重合するが、同研究室の田口精一教授は、重合酵素の変異体の研究により、2-ヒドロキシ基を持った乳酸の重合に初めて成功し、注目を集めた(脚注1)。松本准教授は、この改変された重合酵素を使えば、さらに別の分子の重合もできるのではないかと考え、構造類縁体である「グリコール酸ポリマー」の合成に挑戦した。

「しかし、実験を始めた当初は失敗の連続で全くポリマーができませんでした。研究室内でも、この酵素にはグリコール酸の重合活性はないと言われるようになってきました。ところが、実験条件をよく点検してみると、重合活性がないと結論するには実験が不十分であることが分かりました。その事を当時この実験を担当してくれた学生に伝えると、興味を持って様々な合成条件を試してくれました。その実験結果に基づいて、最終的には重合できる条件を見つけることができました」

ただし、現段階では微生物が担っているのは重合のプロセスのみで、グリコール酸自体は外部から培地に添加しており、その原料は石油由来のものである。松本准教授は、いずれ自然由来の糖からグリコール酸ポリマーを生合成する手法を開発したいと考えている。

「例えば、木や葉などにはセルロースやヘミセルロースがたくさん含まれています。これらはグルコースが結合したものであり、植物からグルコースを取り出す技術の研究開発が幅広く行われています。それ自体は私たちの研究テーマではありませんが、植物から糖を取り出すことができれば、それを使ってグリコール酸ポリマーを生合成することも可能だと思います。実現すれば、地球上にふんだんに存在する安価な資源から高価な製品を生み出すことができ、画期的な技術としてさまざまな分野で活用できると思います」

軟質性と多様な加工性能を持つポリマー
幅広い分野での製品化に期待

現在、松本准教授は生合成したグリコール酸ポリマーから作成したフィルムなどを使って物性を調べている。

「半透明で軟質性の高い良好なフィルムが作成できているので、何らかのマテリアルとして使えるのではないかと思います(写真1)。特徴としては①軟質性が高いので柔軟性をもった素材になること、②ポリマーに含まれるグリコール酸ユニットの割合を調整することで分解のスピードを変えられることなどが可能性として考えられます。まだ基本的な物性を解析している段階なので具体的にどの程度実現できるか分からないのですが、可能性としては大いに期待できると思っています」

研究室では、液体クロマトグラフィーで分離したサンプルの質量を測る装置(写真2)を使って、細胞内に存在するポリマーの元となるモノマー分子の解析を進めている。

「微生物の遺伝子を組換えることでどのような生合成が行われるかを調べているのですが、予想通りに行かないことも多く、細胞の内部でどのような代謝が起きているのかを確認する必要があります。このような装置を使って解析することで代謝や重合のメカニズムを解明していきたいですね」

グリコール酸ポリマーの生合成技術は生まれたばかりであり、物性や加工方法についてもまだ未解決の部分が多い。製造コストも高いため、実用化されるには乗り越えなければならない壁がいくつもある。しかし、松本准教授は石油由来のポリエステル製品に代わる新素材として大きな可能性を感じている。

「加工しやすく、幅広い用途に適合し、しかも分解性が高い素材なので、さまざまな分野で能力を発揮するのではないかと期待しています。多くの企業の方に興味をもっていただき、斬新なアイディアでコラボレーションができればと思っています」


脚注1 乳酸重合酵素をもつ組換え大腸菌によるバイオプラスチックのワンステップ合成に世界で初めて成功

写真1

写真1. フィルムの写真

写真2

写真2. 装置の写真
研究室に最近導入された液体クロマトグラフィーと質量測定装置。細胞内の代謝中間体など、複雑な混合物の中の微量成分を検出・同定できる。