すごいね!クールラボラトリー[研究者紹介]

准教授 内田 努
大学院工学研究院 応用物理学部門
凝縮系物理工学分野 ナノバイオ工学研究室
准教授 内田 努
[プロフィール]
○研究分野/物理学、生物物理・化学物理、ナノ・マイクロ科学、ナノ材料工学、基礎化学、物理化学
○研究テーマ/水、氷、水和物結晶の物性
○E-mail/t-uchida[a]eng.hokudai.ac.jp
2017.02.21掲載

身近な存在でありがなら謎の多い「水」を研究
物理、生物、化学など多様な領域でメカニズムの解明に取り組む

水分子を含む結晶がもたらす多様な現象を探求

凝縮系物理工学分野ナノバイオ工学研究室の内田努准教授は、南極の氷の研究をきっかけに包接水和物結晶の研究を続けている。包接水和物結晶とは水分子を含む結晶で、海底に沈むメタンハイドレート(脚注1)などもその一つである。内田准教授は地学から応用物理学、化学、生物学など多様な分野で水や氷、包接水和物結晶に関する研究に取り組んでいる。

「水は地球上に普遍的に存在し、生物が生きていく上でも不可欠なものです。しかし、水の性質は非常に特殊で、研究者にとっては扱いづらい物質でもあります。私は、南極の氷の中に存在するエアハイドレート(空気の化石)に魅せられて以来、一貫して水や氷を研究対象としてきました」

現在主に取り組んでいるのは、細胞の凍結保存技術とマイクロナノバブルに関する研究である。細胞の凍結保存技術は、精子・卵子の凍結保存や臓器保存などで期待が高まっているが、ニューロンや心筋細胞の凍結保存は困難であるとされている。内田准教授は細胞内の水の凍結を制御することでそれらの凍結保存を可能にする技術を研究している。

「凍結するスピードを遅くしたり、内部の水が凍る際に結晶を小さくする、あるいは結晶にせずガラス状態のまま固定するなどの研究が一般的に行われていますが、実際にどういう状態になっているかは解明されていない部分もあるので、メカニズムを解明することから研究を進めているところです」

研究では、細胞内の水の凍結プロセスを制御するため、グリセリンなどの古くから用いられている化学物質を凍結保護剤として添加するのではなく、耐凍性があり生物も利用しているスクロースやトレハロースなどの天然物質を新規凍結保護剤として活用する技術の開発を目指している。

「水は生命に欠かせない物質であり、生物は水の特性を巧に利用しています。私たちは、水の物性を制御することで生命活動も制御できるのではないかと考えています」

マイクロナノバブルが不純物を吸着する様子を世界で初めて捉える

もう一つのテーマであるマイクロナノバブルの研究は、前述のトレハロース水溶液の凍結に関する研究から派生したテーマである。

「凍結のプロセスを観察するために電子顕微鏡を使いたかったのですが、電子顕微鏡はそもそも水を嫌うのでそのまま観察することはできません。そこで、凍結割断レプリカ法(試料を凍結してサンプリングする方法)を用いてトレハロースと氷の関係を調べていたところ、その論文を見たマイクロバブルの研究者から気泡を観察する手法として利用したいという話があり共同研究することになりました」

この研究では、化学工場などの廃水浄化に使われるマイクロナノバブルを観察。凍結割断レプリカ法によりナノバブルが表面に不純物を吸着させている様子を世界で初めて捉えた(脚注2)。

人工的に発生させたマイクロナノバブル。上半分の白い部分はサイズの大きな気泡が浮き上がったもの。マイクロナノバブルは下半分の透明な部分にも存在する。

「ナノサイズの微細気泡は、発生してから消滅するまで1秒程度しかないと言われていますが、浄化などの効果があることは知られているので、ある程度の時間は存在しているはずです。しかし、実際にどの程度の時間気泡が存在し、どのような動きをしているのかよく分かっていません。凍らせる途中で発生する気泡もあるので、それらとの違いや不純物を吸着するメカニズムを解き明かしてしていきたいと思います」

微細気泡の活用技術に関しては海外でも注目が集まりつつあり、メカニズムやプロセスが解明されないまま応用が進んでいる分野もある。本研究室では、気泡が消滅するまでの時間や、なぜ存在し続けることができるのかといった基本的なメカニズムの研究に取り組む計画だ。

「水はどこにでも存在するものですが、多様な物質を溶かしやすく、複雑な動きをする非常にやっかいな物質です。気泡についても水を他の液体に置き換えた方がいろいろな測定手法が使え、多くのことが分かるでしょう。そのためにあえて水を使わずに研究されてきた分野も数多くあります。しかし、私は水からアプローチすることで今までとは違った見方ができるのではないかと思っています。水の物性を解明し、さまざまな現象に水がどう関わっているかを解明することができれば、新しい発見につながるのではないかと期待しています」


脚注1 メタンハイドレート
低温・高圧の条件下で、メタン分子が水分子に囲まれた包接水和物の固体。籠状の結晶構造の中にメタン分子が閉じ込められおり、氷が解けるとメタンガスが放出される。火を近づけると放出されたメタンガスが燃えるため「燃える氷」とも呼ばれる。海底に大量に埋蔵されていると考えられ、有効な新エネルギー源として期待されている。
脚注1
脚注2 汚水中のマイクロナノバブルのレプリカ電子顕微鏡像
ナノサイズの気泡の表面に不純物が付着し、周囲の水が浄化されていることがわかる。
出典:T. Uchida, S. Oshita, M. Ohmori , T. Tsuno, K. Soejima, S. Shinozaki, Y. Take, K. Mitsuta, Nanoscale Research Letters, 6 (1), 295, 2011. (DOI: 10.1186/1556-276X-6-295)