トポロジカル量子デバイス

トポロジーという考え方をデバイスに応用することで、 これまでのデバイスの性能をおおきく向上させ、 さらには従来実現することのできなかった機能を発揮させることができる。


1)室温量子位相干渉素子

電荷密度波を起こす物質のリング結晶には、その閉じたトポロジーを反映して 環状に流れる電流がある。 この電流は電荷密度波の集団運動に起因するために、 リングを貫く磁束変化に対して敏感に反応する。 すなわち超伝導体を利用した量子干渉素子 と本質的に同じ動作をする。

ここで、現在知られているもっとも高い超伝導遷移温度は160K 程度であるのに対して、電荷密度波は室温よりも高い温度 で転移する物質の存在が知られていることから、 量子干渉素子を室温で動作させる可能性が出てくる。これまでの量子位相干渉素子 を利用した医療用機器は素子を動作温度まで冷却する装置が必要なので 費用・規模の点で一部の大きな病院でしか用いられていなかったのを、 室温動作の素子が開発されることでもっと簡便にまた安価に使うことができる。

この原理を検証するために、私達のグループでは電荷密度波状態における磁場依存性を実験的に調べている。下図(左)は実験に用いた試料の電子顕微鏡写真で、直径約20μmのリング結晶に電極がついているのがわかる。この試料の磁場依存性を図(右)に示した。この結果から、試料に流れる電流が磁場に依存して周期的に変化していることを私達のグループは世界で初めて発見した。(坪田他、日本物理学会第62回年次大会にて報告)


2)トポロジカルソリトントランジスタ

電荷密度波には各位置において位相が定義できる。局所的に位相が1周(360度) 回る構造が存在すると、それは安定に存在できるトポロジカルソリトンとなることが 知られている。ここで、トポロジカルソリトンを対生成するときに、 その生成確率が電場に対して電荷を単位とする周期関数で記述される。 これは単一電子トランジスタと本質的に同じ動作である。

ところが、単一電子トランジスタを動作させるためには電子1つを励起するのに 必要なクーロンエネルギーが熱ゆらぎに対して十分大きくなければならず、 そのためには極めて微細な加工技術が必要になり、また動作温度も極低温に限られる。 (もしくは超微粒子・単分子デバイスのように根本的なプロセスを開発しなければ ならない。) 一方で、電荷密度波においてはこのエネルギーは比較的大きくなるので、 より高い温度領域において動作が可能になる。

単一電荷トランジスタはその超高感度という特性を生かした応用が期待されているが、 実用には至っていないのが現状である。 そのため、トポロジカルソリトントランジスタのような新たなデバイスの研究によって この現状を大きく打破できると考えている。

3)電荷密度波超高速デバイス

通常の金属や半導体における電気輸送現象は、個々の電子が拡散的に運動するためにその平均的な運動として生じる。そのために、それぞれの電子の持つ速度から期待されるよりも応答がかなり遅くなる。
一方で、電荷密度波には基本的な励起として位相モードと振幅モードがある。特に、前者の長波長極限を考えると系全体の位相が歩調を合わせて変化することに対応する。このとき、一波長に対して電荷の輸送が行われる(Frohlich伝導)。ここで、系全体がひとつの状態になっていることを反映して、外場に対する応答が電荷密度波の位相速度で決まると考えられる。さらには、平均値からのゆらぎを考慮する必要がないために、ショット雑音は原理的に存在しない。
このような背景のもと、電荷密度波の集団運動を外部電極により制御する新しいデバイスの研究をおこなっている。


4)ナノチューブ・ナノマテリアルデバイス

厚さが原子一個分しかないシート状の結晶が自己組織的に丸まり、直径1〜100nmの円筒形になったものをナノチューブと呼ぶ。1994年に発見されたカーボンナノチューブは、

など、円筒のトポロジーに由来する特異な性質で注目を集めた。これらの類例のない特性を活用して、 半導体に代わるナノエレクトロニクス素子、 微小なシャフト・潤滑剤など機械素子、 円筒内の微小空間を利用した分子吸蔵や化学反応セル、 ナノチューブを添加した高強度複合材料 のような広い分野での応用が生み出されてきており、近年成長著しいナノテクノロジーの旗手的な存在となった。また、学問的な面からも、一次元(幅がほとんど無視できる細長い空間)における量子力学的な現象を研究する道具として科学の発展に多大な寄与を残している。トポロジー工学研究室では、ヘルシンキ工科大学を始めとする海外の先端研究所と連携し、カーボンナノチューブの量子伝導の測定、および、ナノ物質を操作して微小構造を作製する技術の開発を行っている。
図3は、技術開発の成果のひとつである、誘電泳動法によって作製したナノチューブ試料の電子顕微鏡写真である。 金属電極間に交流電場をかけ、有機溶媒中にけん濁させたナノチューブを電極間に吸着させた。このような試料は、  などの研究に使う。

さらに、本研究室では、シート状の構造をとる2セレン化ニオブ(NbSe2)や2ホウ化マグネシウム(MgB2)無機物質を用いて、超伝導や電荷密度波などカーボンにない性質を備えたまったく新しいナノチューブ物質を合成することに取り組んできた。我々の合成法は全て、〜800℃までの低温で、不純物となる触媒を使用しない、気相からの成長をベースにしている。高エネルギー・触媒粒子の存在下と比べ、この条件下でのナノチューブ生成メカニズムは研究が進んでおらず、円筒構造が発生する理由に高い興味が寄せられている。
さらに、電子顕微鏡の鏡筒内でNbSe2リボンに電子ビームを照射することで、リボンが自発的に巻きはじめ、チューブ構造を形成することを発見した(*)。これは帯電と電子ビームの相互作用によると見られ、ナノマテリアルを自在な形状に加工する技法となる可能性がある。
2001年に超伝導性が発見されたMgB2は、39Kという比較的高い超伝導転移温度を持ち、結晶の均質性が良いことから、線材などへの応用が積極的に進められている。このナノチューブを利用して超伝導量子干渉計(SQUID)を構築すれば、巨視的な大きさの超伝導体では実現できない空間分解能における磁束検出を簡便に行うことが可能となる。 ナノチューブの構造同定と収率の向上が今後の課題となる。

図3:誘電泳動法によって2端子電極を取り付けたナノチューブ

* Formation of metallic NbSe2 nanotubes and nanofibers;
T. Tsuneta, T. Toshima, K. Inagaki, T. Shibayama, S. Tanda, S. Uji, M. Ahlskog, P. Hakonen and M. Paalanen, Current Applied Physics 3 (2003) p.473-476