2001.4.12

社会工学入門U−人類と地下

北海道大学大学院工学研究科岩盤力学分野 石島 洋二

本原稿には2001.4.12に実施した講義の内容が示されています。興味を引いたトピックスについては参考文献(home page)を参照しなさい。資料(図表)はその中に示されています。

1. 人類と地下資源

我々人類の直接の祖先は森で生まれ、森から草原へと冒険に旅立ったとされている。このとき2本足で歩行したようである。また、既に火の利用を知っており素朴ながら石器などの道具を使っていたらしい。これらの技術があったために、他の動物に対する優位性を保ち、住む範囲を地球上の隅々にまで拡げることができた。このように人類は最初から道具を使える技術を持った種であったようであるが、現在に至るまでの過程には、技術的進歩に関して幾つかのmilestoneがある。

最初のmilestoneは石器の加工技術の進歩であろう。石器の加工技術は徐々に進歩し、石器と棒(矢)、石器とひも(遠投用武器)などの組み合わせた道具も出現した。材料も種々のものが使用されるようになったが、自然銅や自然金などは金属の発明の下地になった。火を起こす道具にはいくつか種類があるが、その中で携帯に便利な火打石は、日本でも明治の頃までは実用品であった。採石場で大量に採掘した火打石(frint石(1))や黒曜石は交易の材料となった。

人類の技術的な発展過程における次のmilestoneは金属の発明(2)である。金属は鉱石から精錬を経て得られる材料で、延性と硬度を兼ね備え均質であるという他にない優れた性質がある。このことは、自動車、船、機械などといった複雑で精密な加工が必要で同時に耐久性が要求される構造物の主要部分が金属材料でできていることからも理解することができよう。金属が発明された初期の段階においては武器の材料として使われた。金属を使うと切ったり刺したりするために理想的な形状の武器が製作でき、金属製の武器を持たない者を圧倒することが可能になる。また、農耕の道具としても優れ、食料の生産増加に寄与する。金属は古代文明という人類で最初の大規模な人間の集団社会をもたらした。 もちろん、高度な現代社会においても不可欠な材料である。

最初に大量に生産された金属は青銅(銅と錫の合金)である。融点が単体の銅や錫よりも低いので生産が容易であったのであろう(どうやって青銅を発明したのかについての詳細は不明である)。精錬は基本的には火があれば可能である。いずれにしても、古代中国や古代エンジプトでは3000年前に銅鉱山が開発されていた。

鉄の発明は銅や青銅の発明より遅れたが、鉱床が豊富であり、強度も優れているために、最も重要な金属になった。

金は変質せずに美しさを保ち希少価値がある。装飾品の他に、汎用性のある交易の材料(貨幣)として優れている。金の出現は交易の範囲を拡げるなど人類の商業活動を活発化する上で寄与した。豊臣秀吉や徳川家康は武力で他を圧倒するとすぐに主要な金・銀鉱山を直轄にしたのは、当時から金は目減りしない財力であることを示唆している。

第3のmilestoneは産業革命(3)である。産業革命の工学的な側面は、エネルギ(石炭)の大量使用による金属(主に鉄)の大量生産と石炭エネルギを用いた動力機械の発明である。布を織る動力機械はその生産量を飛躍的に増加させ、運搬の動力機械(蒸気機関車)は運搬量の増加と運搬速度の増加をもたらした。 これらはそれまで社会のしくみを一変させる効果があった。

初期の動力機械に続いて、自動車、飛行機などの運搬機械や生産機械が次々に発明された。これに伴い石炭に加えて、石油の消費量が増えた。石油や石炭・天然ガスなどのいわゆる化石燃料は、もちろん地下資源である。

人類が消費するエネルギの消費量(4)は産業革命を契機として、急激に増加し現在に至っている。アメリカ合衆国が典型例で、この国の繁栄はエネルギの大量消費によってもたらされたものである。わが国でも、現在は膨大な量のエネルギを使用しているが、エネルギ源の85%は化石燃料、12%はウラン燃料(原子力発電)、残りの3%が水力と地熱などで賄われている。原子力発電の燃料であるウランもウラン鉱床から採掘し、精製したものである。こうしてみると、わが国のエネルギの実に97%は地下資源に頼っていることがわかる。

現代社会を支えるあらゆる金属やコンクリートの原料は地下に賦存している。現在の快適な生活は地下資源の消費の上に成り立っているといえる。

現在、地表近くの地下資源は次第に掘り尽くされ、採掘区域は深部に向かっている。インドと南アフリカの金鉱山では、採掘深度が3.6kmに達している。 石油の採掘深度は5kmを超えるものが現れている。

新しい地下資源を見出すための探査も必死で行われている。数年前に苫小牧−千歳に賦存する有望なガス田が発見され、現在、札幌の都市ガスとして供給されている。メタンガスハイドレード(5)は日本近海に分布し、今後有望なエネルギ源になると期待されている。日本にはマグマが地表近くまで上昇し地熱の高い領域が多数ある。現在は、一部が地熱発電や温室栽培に利用されているだけであり、この本格的開発・利用は今後に残されている。地下は地表より高温でしかも季節によらず一定している。これを室内気温の制御に利用する技術(ヒートポンプ(6))も進んでいる。

現代の人類に不可欠の地下資源を確保するために、深部の鉱床を安全・経済的に採掘する技術の開発、超深度のボーリング技術、マグマのような高温でも掘削可能な歯先(ビット)の開発、地下資源の探査技術の高度化などが必要である。

2. 人類の生存を脅かし始めたエネルギや資源の大量消費

現在の快適な生活はエネルギや資源の大量消費によって賄われている。しかも人工は爆発的に増加しているので、消費量も加速度的に増加している。エネルギの拠り所である地下資源は有限であり、このままいけば、枯渇するのは目にみえている。今から4000年前に栄えたミノス島のクレタ文明やイースター島の巨像文明の衰退(7)は、木材の消費による森林の消滅に起因しているとされている。このように、資源の枯渇による文明の衰退については既にいくつか前例がある。

エネルギや資源の大量消費は、ゴミの大量発生を伴う。これは、大気や地下水の汚染、地球温暖化、海面上昇、砂漠の拡大、オゾン層の破壊などさまざまな負の効果をもたらしている。ごみには極めて厄介なものがある。その一つは原子力発電所から出る高放射性廃棄物である。この毒性は10万年というオーダで持続する。現在、日本の原子力発電所はこの極めて危険なゴミを抱えてウロウロしている。

ゴミの問題は社会的な側面を考慮しなければならないので解決は単純ではない。これは人口が密集した都市において先鋭的に現れている。都市を構成する住民は、快適さの追求には賛成するが、その産物であるゴミの後始末を身近でするのは反対である。

・道路や墓地の建設反対
・ゴミ処理工場やゴミ処分場反対

といったニュースが連日賑わいをみせている。

エネルギと資源の大量消費には、既述の2つの問題がある。これらの問題はとてつもなく大きくかつ複雑で、われわれ人類が種の終焉に至るのか、あるいは問題を解決して生き永らえるのかという重大な岐路に立っている。もし解決策が見出せるならば、そのための技術は人類の進展における第4のmilestoneとなるであろう。問題解決のヒントは次に述べるようにある。  

3. 地下空間の利用

都市では限られた平面でゴミの問題を解決することはできない。一方、「取り出したものは元の所に返す」というのは自然なやり方である。地下資源の利用カスは地下に戻すという考えは合理的であろう。こうしてみると、地下空間を導入し、3次元空間でゴミの問題を検討するという発想は考慮に値する。

例えば、東京の環状道路における未工事部分の問題については、残りの道路を地下にもってくれば解決するであろう。扇大臣も地下にしたらという提案をしている。神田川では洪水調整池を地下に設置した(巨大なトンネルを建設した)。今後、この川では洪水で悩むことはないであろう。下水道に光ケーブルや電線を通し、総合的なネットワークを建設する作業が始まっている。

東京の近郊都市では、ごみ処理場を地下に設置する検討を始めている。危険な都市ガスのタンクや石油タンクの地下移行が進むであろう。

都市部における地下空間は、都心でもほとんど手付かづの状態になっているために、その開発を合理的かつ迅速に進めることができる。これ可能にする法的整備が平成13年になされた(従来は地主の権利は地球の中心まであったが40mに制限された)。

地下空間は手付かづであるという利点の他に、幾つか利点がある。

・地震時の揺れが小さい(阪神震災時の事例)
・遮蔽性に優れて入いる
・恒温・恒湿である

炭酸ガスを石油・ガス・石炭の採掘跡(元の地層はすかすかの状態になっている)に埋設することが検討されている。採掘跡の容量はかなり大きい上に、ある程度の圧力をかけても問題ないので(地圧と水圧が封じ込めてくれる)、相当量の炭酸ガスを埋設することが可能である。この処分法には、楽しみがある。埋設後、炭酸ガスが可燃性ガスに変るという期待である。地下深部にはバクテリア(恐らくは原始地球のバクテリア)が地表と同じ程度の密度で分布いることが明らかになっている。バクテリアの中には炭酸ガスを食べるものがいるであろう。これが炭酸ガスを別の内容に変える(恐らくは可燃性ガスや固体に)可能性がある。

原子力発電所から出る高放射性廃棄物は、現時点では地下深部に埋設する地層処分がもっとも優れた方法であることが、世界的に確認されている。わが国でも2030年から地層処分をする計画になっている。既にアメリカでは地層処分が実施されている(8)。

4. 地下空間はどのように造るのか

地下は岩盤から構成されている。土の占める割合は極めて僅かであるが、東京、大阪、札幌などの三角州では土が厚く堆積している。地下空間は、強度のある岩盤の方が容易に施工でき、崩れやすい方が施工は大変なことは想像できるであろう。ここでは、土のように弱い地盤内に地下鉄用トンネルやゴミ処理工場を収める空洞を建設する方法を紹介する。

シールド機械(9)という円筒形の形をした掘削機械がある。この機械の前面には回転する鋼鉄製の円盤がついている。円盤は回転し、前面に付いている歯で地盤を削る。削る際に、地層の空隙を満たす水が動かないように(動くと、地下水の分布に擾乱が起き、地表が沈下する)、地下水圧に等しい水圧を掛けながら掘削する。掘削した泥状の土砂はバキユームで吸い取り、地表に運ぶ。掘削しながら、形成された空間に前面の回転円盤を押し付け、その後、機械の後部を引き寄せる。すると機械の後部には空間ができるので、セグメントと呼ぶコンクリート板を組み立て円筒形の支え(ライニング)を作る。これが周囲の地盤を支える。こうしてシールド機械が前進した後には、がっちりとしたコンクリートの壁(ライニング)で覆われたトンネルができる。世界中でシールド機械の8割以上は日本で使われている。 ドーバー海峡トンネルを掘削した機械は日本製であることから理解されるように、シールド機械の性能は断然世界一である。

現在は、立坑を掘削し、坑底からそのまま水平にトンネルを掘削するシールド機械まで出現している。これは、モグラやミミズのように地中を自由自在に掘削できることを意味する。この機械の開発の指導的役割をした金子研一は当学科の卒業生であるが、彼はこの功績によって恩賜賞を授与された。

シールド機械は基本的には円柱状のトンネルしか掘削できないが、これを用い大型球面に沿ってスパイラル状にトンネルを掘削しつつ壁と構築し、その後、壁に囲まれた内部を掘削して取り除けは球形空洞が得られる。

5. 地球システム

現在はエネルギ使用の極限状態に達しており、人類は滅亡か問題解決するかの岐路に立っている。この問題解決に地下空間が重要な役目を果たし得ることを述べた。

しかしながら我々に残された唯一の処女空間である地下空間の開発は慎重に進めるべきである。20年前にアメリカで地下深部に達するボーリング孔を掘削し、ここに高放射性廃液を投棄したところ地震が発生した。これは岩盤の破壊が起こったためである(岩盤に水圧を加えると強度が低下する)。

かけがえのない地球を住み易くするためには、エネルギ・資源の使用とゴミ処理から構成されるサイクルに綻びが生じないようにシステム化を進める必要がある。

われわれ資源開発工学科は、従来培った技術を発展させ、地下資源の採掘のみならず、地下空間の新たな利用に向けた研究開発をしている。 

参考資料
(1)火打石: http://www.edu.city.yokosuka.kanagawa.jp/0kyo/1kyo/a11.html
(2)金属の発明: http://www.sendai.kopas.co.jp/METAL/museum/exhibition.html
(3)産業革命: http://www.sekaishi.com/mailmag/sekamo/91.html
(4)エネルギの消費量: http://www-atm.jst.go.jp/pesco/ENERGY/KURASI4.HTM
(5)メタンガスハイドレード: http://www.jnoc.go.jp/c_methane/methane_mokuji.html
(6)ヒートポンプ: http://www.geothermal.co.jp/
(7)古代文明衰退の原因:http://www.saga-ed.go.jp/materials/edq01439/kankyou/kodai.html
(8)放射性廃棄物の地層処分: http://www.wipp.carlsbad.nm.us
(9)シールド機械:  http://www.jrcc.go.jp/gijutu/index.html