拡散係数を求める方法
昨年の学生実験でこの種目を履修した人達のレポートを読んでみて、
果して学生諸君が本当に解析方法を理解してくれているのか
激しく心許無かったので、
一つのグループの実験結果を使って解析手順の解説の補足を試みる。
このグループが提出してくれた解析結果は
どう解釈するのか良く判らなかったので私が自分で解析してみた訳である。
- まずは実験結果をグラフにする
- どの熱処理時間のデータを解析するか決める
- 時間によって拡散距離が違うのは当然。
- 熱処理時間の平方根で横軸をスケールする。つまり……
- 18時間熱処理した試料のプロファイルのx軸方向を√18で割ると
1時間熱処理後のプロファイルが得られる。
- 他の熱処理時間の結果も同様に割り算をしてグラフを描くと
こうなる。
- どうも42時間熱処理を施した試料は変なのでこれを捨てる。
- 18時間熱処理した試料も丸で囲んだ部分は少し凹んでいることに注意。
- データ点を滑かな曲線でむすぶ
- 18時間の試料と66時間の試料のプロファイルを比べると、
形は似ているが位置が異なる。
- 位置座標の原点はEPMA測定を行なう際に選んだ測定範囲の起点の位置なので
深い意味はない。そこで18時間のプロファイルの原点をシフトして
66時間のグラフに重なるようにする。
- 先程のグラフで凹んでいると指摘した場所を除き
良く重なっているので、
滑かな曲線でむすぶ。結果はここ。
- マタノ界面を決定する
- テキストの指示の通り縦軸と横軸を
ひっくり返えす。
- それから斜線部分の面積を求める。
手近なグラフィックソフトを用いると
面積は S = 1777.73μm・at.%であった
- ここで注意。面積を求める時にこのグラフを印刷して
何平方cmになるか測って、その数値を答えてはいけない。
- 印刷されたグラフの面積はパソコンとプリンタの設定次第で変化する
のであって、実験結果がそんなものに依存するはずがない。
- 横軸がat.%、縦軸がμmのグラフなのだから、
求める面積の単位はμm・at.%でなければいけない。
- 今回の場合プロファイル曲線はx〜18μmの辺りで水平部を持つので
S〜18μm × 100at.%=1800μm・at.% 位になるはずであり、
グラフィックソフトの計算結果は正しそうである。
- (実は「at.%」には次元がないので、この単位はおかしいのだが、
面積と言った時に長さの二乗の次元を持つとは限らないことを
強調するために敢てこう書いておく。)
- よってマタノ界面はx=17.78μの位置にあることが判る。
- マタノ界面と濃度プロファイルで囲まれる部分の面積を求める
- 位置座標(縦軸)の原点をマタノ界面に移したグラフを描く。
- 濃度プロファイルを積分したグラフはここ。
グラフィックソフトの
積分機能を用いた。
- このグラフからピークでの積分の値は52μm・at.%位と読み取れる。
- マタノ界面で濃度プロファイルは正から負になるので、
面積の最大値はマタノ界面の所で現われる。
- 計算機は信頼できないので、
Smax = 52μm・at.%という数値を
チェックしておこう。濃度プロファイル曲線の正の部分を拡大すると、
こんな図になる。
- 乱暴に濃度プロファイルを直線で近似して三角形の面積を求めると、
Smax〜49.2μm・at.%と見積れるので、先程の値は悪くない。
- 濃度プロファイルの傾きを求める
- 同じように微分のグラフも描いてみたのがこれ。
- c=85〜90at.%の辺りが怪しい。
- 凹みがある実験データを滑かにむすんでプロファイル曲線を描いた時に、
スプライン補完というものを施したために、凹みが強調されている上に
余分な瘤(こぶ)まであるのが原因である。
- それ故90at.%Cu付近の拡散係数の急激な増減は意味がない。
計算結果の数値だけ見るのではなく、おかしなことが起きていないか
グラフを描いてチェックすることが重要。
- いずれにせよCuが90at.%以上の組成での拡散係数を求めるのは諦めよう。
- ここでもグラフィックソフトの出した結果を疑っておこう。
- マタノ界面の所で濃度プロファイルに接線を引いた図がこれ。
- 横軸で100at.%進む間に縦軸方向は2.29-(-0.84)=3.13μm減少しているので
傾きは m 〜 0.031μ/at.% と見積られ、計算機の求めた0.034μ/at.%と
同程度なので、結果は著しく外れてはないであろう。
- 「面積」を求めた時と同じことなのだけれど、「傾き」を求める時に
分度器を持ち出して、「12°ですね」なんて言わないように。
- 分度器で測る角度は、縦軸・横軸のスケールの取り方で異なる値になる。
拡散係数の実験結果はそんなものに依存してはいけない。
- (at.%の所が気に入らないが)傾きの単位はμm/at.%となる。
- 有効数字を考えると、0at.%の時のx=2.29μmをグラフから
読むのは不可能。x=2.3μmとすべきか。
- 差分を計算して微分をするときには、引き算で桁落ちが起きるので、
ついゝゝ余計に一桁読んだ。結局は杞憂であったようだ。(率直に反省)
- 公式を用いて拡散係数を求める
- 解析の最初の方で、熱処理時間1時間での濃度プロファイルになるように
スケールしたことを思い出しながら拡散係数を求めた図がこれ。
上で求めた積分の曲線と微分の曲線の積を求めて
熱処理時間
(t = 3600sec)で割ると拡散係数が求まる。
- ゴチャゴチャして見ずらいので、拡散係数だけ取り出した図がここ。
一応90at.%の所にもこの辺かなと思える場所に点を取ってみたけれど
この判断は一意的ではなかろう(つまり人によって答は違う)。
みんな好きなように線を引いて見て呉給え。
- 解析手法の限界もあり、希薄な固溶体の領域(純物質の近く)では精度が低いが、
銅の組成と共に拡散係数が急速に増大していることが分る。
少々くどい解説になった。二つ教訓がある。
(1) 実験結果を解析する時には単位に注意する。
(2) おかしな結果になっていないか時々チェックしながら解析する。
コンピュータは命令を忠実にこなす優れた機械ではあるが、
結果が欲しいものであるとは限らない。
肝に銘じておくように。(蛇足ながら「肝に命じ」たりせぬように。)