地中熱利用システム工学講座 開設記念講演

          「地中熱利用の普及促進」     
                         
                           北海道大学名誉教授 落藤 澄

竪穴式住居の時代、人間は50cm~1mの穴を掘り、草葺屋根をかけ大地のぬくもりの中で生活を営んでいました。15世紀以降には、アイヌ民族伝統住居チセに見られるように、草葺の屋根と壁に囲炉裏のある住居で生活していたようです。このとき、-10oC以下でも生活できたのは、囲炉裏の火を年中絶やさなかったためで、建物の直下に温熱の塊ができていたためと考えられます。開拓時代は、高床式へと住居形式が変わり、大地の恩恵を受けない生活をするようになりました。しかし最近になり、高床でも大地の影響を生活に取り込む外断熱の基礎工法が出現し、大変興味深いものがあります。

 大地の熱特性には、ある深さになると温度が安定することと、大地と地中との温度差により膨大な温度差エネルギーが生じることがあります。これを季節間の蓄熱体として利用する方法が注目されています。ところが、土は伝導性が悪いので、場所や、地質、地下水の有無で設計に大きく影響することが、今後の検討課題となっています。いずれにせよ、私たちは、足元に潜在的に大きな資源を持っているということがいえます。

 エネルギー利用、特に熱利用の観点で見ると、地下水を汲み上げてヒートポンプの熱源とする方法と地盤をヒートソース、ヒートシンクとして考える方法があります。熱源利用タイプの概念としては、冬は比較的暖かい地盤の熱を暖房に利用するということです。その場合、地盤の特性、ヒートポンプ、建物暖房の3つの要素が有効に働いて初めて機能を発揮します。これらを組み合わせた最適なシステム設計が今後の大きな課題といえます。一方、後者は主に、季節間蓄熱を対象としています。水を媒介とする帯水層蓄熱と地盤を媒体とする地盤蓄熱に分けられます。地盤蓄熱の場合、大量の排熱を蓄熱するので、規模が大きくなります。帯水層蓄熱の場合は帯水層の中に水として蓄熱するので、帯水層の存在が必要です。夏の暑さを蓄えて冬の暖房に、冬の冷熱を蓄えて夏の冷房に利用するというのが、20年前に私たちが始めた研究の動機です。こちらも大規模なシステムとなります。日本では少ないですが、ヨーロッパでは実用段階で数十例の実施例があります。

 ヒートポンプは省エネルギー機器であると言われます。熱を汲み上げ、他へその熱を渡します。その時に電力を消費します。しかし、そのエネルギー消費より得られる熱量は多くなりますし、地中熱を汲み上げるとCOPも高くなります。このとき、加えるエネルギーは電力や化石燃料なので非常に質の高いエネルギーを消費します。それに対し、得られた暖房用の熱量は質の低い低温のエネルギーです。つまり、質の高いエネルギーから質の低いエネルギーを大量に作るというからくりがあります。しかし、いずれにせよヒートポンプは省エネルギー機器として、今後も注目されることと思います。北大では大地の熱源研究を20年間取り組んできました。大地の蓄熱に関する研究も20年以上になります。これからは設計、普及、拡大を目指して、今までの蓄積を活かして頂きたいと思います。

ローエネルギーハウスのプロジェクト研究では、自然エネルギーのパッシブ利用に加え、設備的な利用として、風力発電、燃料電池、ソーラーコレクター、地中熱利用暖冷房を採用しました。地中の埋設管としては、深さ30m、口径15cm10cmの鋼管を用い、冬季はヒートポンプで暖房しました。夏は、冷凍機を使わず不凍液を循環するだけで、充分冷房することができます。床暖温度を30oCとし、非常に低温にすることでCOPを高く保つことができ、その結果、年間エネルギー消費量は従来の住宅の約13%にまで削減できました。3年間の実績によると、暖房期のみでは、灯油ボイラーの場合と比較して、地中熱利用ヒートポンプにおける省エネルギー率は50%CO2削減率は60%となりました。最初の試みとしては、大変な成績と思います。

 地中熱利用は優れた性能を持っていますが、地中埋設管の建設費が非常に高く、初期コストが高いことが普及の妨げになっています。近年、建物の基礎杭を熱交換器として利用することが注目され、今回の寄附講座のテーマにもなっています。その例として、住宅と事務所兼用の札幌市の例をご紹介します。暖房については深さ4 m21本の杭を埋設し、不凍液を循環させ、ヒートポンプを介して床暖房をするシステムです。夏は不凍液を循環させるだけで充分に冷房できます。天井輻射冷房になっていますが、省エネルギー率50%以上、CO2削減率60%以上と我々の実験と同程度の結果が得られています。全国的に客観的に評価できるデータは少ないのですが、以上の2例は札幌における例として非常に参考になると思います。

 支持杭方式を用いた福井県立図書館は、平均16 mの深さで800本の支持杭の半分を熱交換器として、暖房と融雪を行っています。融雪用では不凍液を単に循環させており、暖房用ではヒートポンプで熱を汲み上げています。夏は全体を冷房用として利用しています。この図書館は規模が大きく、融雪に直接利用しているという意味で注目されるものです。

空気を循環させるものとして、帯広の国際センターにおけるアースチューブによる予熱の例があります。約5000m2の宿舎つきのセンターにトータル250 mのアースチューブを介し、外気を導入して換気を行うものです。夏はそれで充分冷えるので冷凍機を使っていません。こうしたアースチューブは住宅にも適用しやすく、誰もがすぐ理解でき、また建設しやすい特徴があります。

 農産物の貯蔵に年間蓄熱サイクルのシステムを導入した例もあります。貯蔵庫の下に支持杭があり、それを介して、冬に貯蔵庫の直下を冷やします。夏には、放置しておいても貯蔵室の温度はかなり低温を保ちます。不足分は雪冷房や自然冷熱利用の自然の蓄熱を行って冷やしています。このように、建物と一体化して貯蔵庫や保温室と組み合わせれば、貯雪庫はより小さくてすむため、産業用にも利用できるといえます。

 冬と夏に相互に利用し合うようにすれば、さらに利用可能性は広がるといえ、札幌市に融雪と冷房を組み合わせた一例があります。道路300m216本の埋設管で直接融雪使用というものです。真冬には融けませんが、3月くらいであれば充分に地中熱で融かすことができます。

季節間の蓄熱利用の例は日本では未だ少ないですが、オランダでは温室の冷房を冷凍機を使わずに行う例があります。このとき、帯水層が必要で、そこから地下水を汲み上げて熱交換して戻します。11oCの地下水で温室の冷房をすると、地中温度が上がり、熱的バランスが崩れるので、冬には冷熱を作って回収しています。では、ビルで冷凍機を使わずに冷房するにはどうしたらよいでしょうか。オランダの6階建てのビルでは、冷房時には5oCとか7oCの低い温度が必要です。これを冬の間にクーリングタワーで作り、それを夏に帯水層から汲み上げ、ビルの冷房を行っています。

 ドイツの国会議事堂は、建築的のみならず、エネルギー的にも大変有名です。なたね油を使用したコジェネレーションと季節間蓄熱という2つの大きな方法で自律型を達成している象徴的な建物です。蓄熱は帯水層で行いますが、同じ場所に戻すのではなく、温熱用、冷熱用に場所を変えています。この熱電併給システムは、夏になると熱が余り、排熱となるので深さ400 mの帯水層に蓄えます。これを冬に汲み上げて使っています。冷熱は冷却塔で作り、30mの深さに貯め、夏に汲み上げます。足りない場合は、熱電併給の電力で冷凍機を運転したり、排熱で吸収式冷凍機を動かすことで補います。このように、国の象徴的な建物に未来のエネルギーシステムを組み込む、という前向きな姿勢が重要です。日本でも、自治体も含め、今後こういった仕掛けをしていく必要があります。

 北海道での帯水層利用の例には、北広島の北海道リハビリーがあります。ここには、洗濯工場と印刷工場があり、大量のお湯を廃タイヤプラントで作っています。夏に生じた蒸気、排熱は、深さ100 mの帯水層に蓄えます。冬にはこれを汲み上げて融雪と給湯の予熱に使います。年間で帯水層に5万トン程度蓄えることができ、回収率も60%と高く保たれています。

 地中熱利用の普及促進に向けてのこれまでの活動の最大の転換点は、第7回世界蓄熱会議を北大のこの会場で開催されたことです。それから地中熱利用が知れ渡るようになりました。最近では民間レベルでの利用も広がりを見せつつあり、流れとしてはよい方向に進んでいると感じています。

 

最後にこれからの地中熱利用の普及拡大へ向け、以下の提言をしたいと思います。

1.次世代の暖冷房としての明確な位置付け:市町村レベルから国レベルへと拡大するよう、仕掛けをしていかなければならない

2.実績に基づく客観的評価とデモンストレーションの必要性:住宅だけではなく、学校、病院あるいはアミューズメントセンターなどできるだけ多くのサクセスストーリーを作り、PRすることが重要

3.適応可能条件の明確化と設計法の確立:地方性に応じて、適応可能条件を明確にすることと、設計ツールの確立が必要

4.技術的、経済的課題の克服

5.利用者と地方にとって魅力あるシステムを提示することが何より重要

講演する落藤名誉教授