日本のCO2排出量の1/3以上が、建設分野によるものと言われています。例えば、オフィスビルでは、60年間のライフサイクルコストのうち約1/3がエネルギー費用として投じられています。さらに、消費エネルギーの約半分が空調用に使われているのが現状です。
平成15年、科学技術会議の地球温暖化技術分科会が出した技術別優先順位の分析によると、住宅、ビルの省エネルギーが第1位、高効率ヒートポンプの開発が第3位、そして燃料電池技術の開発を第6位として位置付けています。省エネルギーを考えるとき、建物側での対策としては断熱性や気密性を高め、熱容量をうまく利用し、日射遮蔽をすることが基本にあります。一方、日本国内では、ほぼ全ての地域で冷暖房の必要な時期があり、冷暖房を賄う様々な周辺機器の消費エネルギーを削減することが、もう一つの対策です。このように、建物側とハード側からの規制により省エネルギーを図ろうというのが、国の方策といえます。このほか、建物の品質と環境負荷(エネルギー消費)の関係から、建物の環境性能を評価する方法があります。日本ではCASBEEと呼ばれ、大阪や名古屋では既に建設段階で採用されています。
いわゆる環境建築では、様々な省エネルギー対策を採り入れようとしています。例えば、緑地化や屋上緑化というのは、環境共生的なイメージを印象付けます。ただし、緑地化により太陽からの熱が薄まったわけではなく、顕熱を潜熱に変換しているだけですので注意が必要です。いずれにせよ、環境建築という姿勢を見せながら、省エネルギーを推進しようというひとつのシンボルであることは確かです。
それでは、本日の本題である蓄熱技術に話を移しましょう。電気を同じ量使用するとして、24時間かけて使用するのと12時間で使用するのとでは、受電トランスの大きさに影響します。同様に、熱の使用においても、オフィスアワーだけではなく、前夜から継続して熱源運転を行おうというのが、蓄熱運転であります。これは、発電側から見ても、需要ピーク時に発電量が増える分を夜に移行して均一化できますので、発電機の使用効率は向上します。基本的に、電気は貯めにくいエネルギーですが、NAS電池や揚水発電の技術が開発されています。このときの効率は約75%ですので、受容側で熱として貯めるときの効率約95%と比較すると、やはり熱で貯める方が効率的であると言えます。
一般に、日本の建物の地下には二重スラブがあり、その中に水を貯めることにより、水蓄熱が行われます。この水の一部を氷に変えた方法が、氷蓄熱です。水の体積1に対し、氷の体積は約1/3になるので、氷を作ることで蓄熱槽を小さくできます。年々、冷房負荷が過多となり、建物が高層化するのに伴い、足元に充分な水槽の設置スペースがとれない状況が起きています。このような場合にも、氷で貯めるのは有効といえます。氷の貯め方の例を紹介します。チューブの中に不凍液を通し、1~2割を氷として使用する方法をアイスオンコイルといいます。あるいは、薄い不凍液中の水部分を凍らせてシャーベット状の氷を作る方法や、過冷却状態の氷を液状(水)で運搬する方法、テニスボール程度の大きさのカプセル中に水を封入し、外から不凍液で冷やす方法などがあります。横浜Mウェーブ21では実際に、地域冷暖房プラントでこのようなカプセルを充填した高さ40mの蓄熱槽が設置されています。
氷蓄熱槽は容量を小さくできるので、屋上に設置することも可能です。屋上に重いものを置くという構造上のデメリットはありますが、他方でタンクをブランコに乗せて超高層ビルの揺れを抑えるなど、逆に活用することもできます。実際に、最近の超高層ビルにおいては、地震より風による揺れの方が大きいといわれています。蓄熱システムにはロスはありますが、それ以上のメリットがあります。自動車を例にとっても、発信と休止を繰り返すよりも、連続で長時間運転した方が、効率がよいことは実感されるかと思います。また、従来の冷凍機のON/OFFを伴うシステムは負荷が大きく、インバータ制御も制御範囲外が多いため、意外と役に立っていないのが現状です。これに比べ、いくつかの実測からも明らかなように、蓄熱運転時には低負荷運転の時間が非常に長くなります。また、外気温が低い夜間に運転することにより、運転効率はさらに向上します。結果、非蓄熱の従来システムと比べて消費電力量は13%程度削減できるといわれています。一方、東京電力の時刻別発電構成を見てみますと、昼間は燃焼系への依存が高く、CO2の排出量が多いのに対し、夜間は昼間の81%程度の排出となっていることがわかります。以上をまとめますと、蓄熱式空調システム導入によるCO2削減には次の3つのポイントがあげられ、その結果、蓄熱運転によるCO2排出量は約25%削減できると推算できます。
1.定格運転による効率維持
2.運転時間と外気温との関係
3.発電構成比に依拠したCO2排出量の削減
東京晴海の地域冷暖房プラントにも、5000tの蓄熱水槽が4つ設置されています。ここでは、蓄熱槽内の温度成層が維持され、高いCOPを表しています。省エネルギーを実現している蓄熱システムの良い例といえます。また、中越沖地震でも見られたように、蓄熱水槽は災害時には消火用水として認められていますし、非常時には災害水としても用いることができます。
現在、日本では約2万件の蓄熱システムがあります。日本の蓄熱システムは主にデイリーですが、ヨーロッパでは季節間の蓄熱が盛んです。例えば、ベルリンの国会議事堂では、深さ400
mのボアホールを埋設されています。スウェーデンのある病院では、冬に除雪した雪をプール内に蓄えて夏の冷房に利用しています。
東京東村山での13年間の実測の結果、夜間移行率は約75%を達成しています。晴海の例でも、暖冷房の約7割を夜間に蓄熱できています。ただし、馬券売り場などでは土日だけの使用であることを考えると、建物に応じたサイクルでいかにうまく蓄熱するかが重要です。
ご存知のように、冷凍機で氷を作るにはより多くのエネルギーを消費します。そこで、冷凍機の効率が低下した分を別の方法で補完しようとする方法に、低温送風空調があります。これは、室内へ低温で送風することで、搬送動力を削減できる特徴があります。このとき、低温で送風しますと、足元が冷たくなったり、温度分布がついたりするので予防が必要です。低温送風には、10oC程度で送られた空気を末端で室内空気と混合して昇温する方法と、昇温せず、誘引スリット等を設け、吹出し口を工夫する方法があります。いずれにせよ、大きな温度差で送風することにより、ダクトを小さくでき、設備費は1割程度削減されるといえます。東京電力技術開発センターは、この方法により、通常であれば10階建のところを11階にできた例といえます。
低温送風では、室内の相対湿度を低くできるので、一見よいように思えますが、日本では40~70%に保たなければならず、Harperによるデータからも、低湿度域においてウイルスの生存率が高いことが知られています。実測データによりますと、夏にこの範囲を下回ることはほとんどありませんが、冬には40%を下回ることもあり改善が必要といえます。
最後に、蓄熱が産業に活用されている一例として、氷蓄熱空調機による高湿度状態での農産物の余冷および保冷をご紹介します。この方法は、従来の乾燥状態での貯蔵に比べ、農産物の重量減少の防止に有効です。千葉県富浦におけるびわや花の貯蔵例では、通常1ヶ月のところ、氷蓄熱の利用で3ヶ月間の保存が可能でした。地中熱にも、この分野への利用可能性があるのではないかと考えています。
以上、極力実測データに基づいてお話して参りましたが、何分このようなデータは非常に不足しているのが現状です。正しい計測をなくして管理はできません。また、管理なくしては、省エネルギーは有り得ません。当講座としましても、正しい計測の下に、正しい省エネルギーを導いて参りたいと思います。今度とも皆様のご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
地中熱利用システム工学講座 開設記念講演
「近年の蓄熱技術の発展」
客員教授 射場本 忠彦