博士論文公聴会
当研究室D3でマレーシアからの留学生,Farah Elida Binti Selamatさんの博士論文,Health risks due to road traffic noise: Mapping health effects for risk communication and mitigation of the risks by shifting to electric vehiclesについて,北大内で公聴会を行いました.
研究の概要
(以下は,田鎖による概略です)
様々な環境問題の中でも「感覚公害」として軽視されることの多い騒音ですが,実は,その影響は不快感や睡眠妨害に留まらず,高血圧・虚血性心疾患(心筋梗塞)・脳卒中・糖尿病等のリスクを上昇させるリスク要因であることが科学的に明らかになっています. WHO欧州地域事務局は,2018年,疫学研究をはじめとする様々な科学的知見に基づき「欧州環境騒音ガイドライン」を公布しており,今や騒音による健康リスクは定量的に推定可能となっています.
WHO”欧州地域事務局”がガイドラインを公布したことからも分かる通り,騒音による影響の研究は欧州でさかんで,既に各国/各都市の「騒音マップ」が作成・公表され,現状の把握や行政の意思決定に役立てられています. しかし,日本では,未だ欧州レベルの「騒音マップ」は作成例がありません. 「騒音マップ」を作成することが,我々がまずクリアすべき課題といえるでしょう.
しかし,「騒音マップ」にも課題があります. 表示されるのが「騒音レベル」という専門家以外に理解不能な値である,という点です. たとえばLden=65dB
という数値の意味は,専門家にしかわかりません. 行政の意思決定に有用とされる「騒音マップ」ですが,専門的知識を持たない地域住民の政治参加を妨げる一因になってしまっているのです.
さらに,地域の在り方を考えるという意味では,いま起こりつつある変化を同様のツールで捉え,その変化への対応を考えないといけません. たとえば「電気自動車」の導入によって,騒音曝露環境や健康リスクはどの様に変わるのか,それをきちんと把握する事で次の行動を考えることができます.
したがって,この研究では,以下をテーマとしました - 日本初の広域の騒音マップ(札幌市)を作成する - 「騒音レベル」のかわりに「健康リスク」を地図にすることでリスクコミュニケーションに使えるツールを開発する - 「電気自動車」を導入することによる効果を推定する
方法や結果の詳細は割愛するとして,以下の様な結論が得られました. - 人口190万都市の札幌市で,年間約50人が騒音を原因とする心筋梗塞で死亡していると推定される - 「騒音マップ」のかわりに「健康リスクマップ」を作ることで,円滑なリスクコミュニケーションを図れる - 「電気自動車」の導入で,騒音による健康リスクは数十%削減できる
今回の結果は,全国の「騒音マップ」/「健康リスクマップ」の作成や騒音行政の見直し,環境物質に関する疫学調査と連携した研究,等に活用できるものと思われます.
Von voyage!
Farahさんは,卒業式を前に祖国へ帰国することになりました. いつもなら盛大な送別会を開催するところですが,今年はCOVID-19の影響もあり,中止となりました. 少人数でささやかに送り出すことにしました. Farahさんの今後の活躍にご期待ください!