研究紹介

第一原理計算による予測と材料の応答

マテリアル設計講座
材料数理学研究室

第一原理計算とマテリアル設計

物質や材料の物性・組織等を、量子力学と統計力学の知識を用いて、電子状態のようなミクロな領域からマクロな領域までを計算・予測することが大きな目標です。これは、最近の理論の進展と、数値計算や高速・大容量のコンピューターの発達によって可能となってきました。第一原理計算の大きな意義は、自然界には安定に存在しないような物質や材料をコンピューターの中に創り出し、コンピューターの中でその特性を測定し、コンピューターの中で製造方法を最適化することができるところにあります。 "作れない物を創る"・・・これこそが第一原理計算によるマテリアル設計の心髄です。

上に示したのは、第一原理計算によって、Fe-Ni(左図)とFe-Pt(右図)の50%近傍における規則相(L10相とよびます)と不規則相の平衡状態図を計算したものです。Fe-Ptでは、実験で求められた変態温度が1610Kであるのに対して、第一原理計算は1610Kを予測しました。高い精度で計算できることが分かります。また、Fe-Ni系では、従来の平衡状態図集には、L10規則相が報告されていませんでしたが、第一原理計算はこの相が存在することを予測しました。そして、後日、この相の存在が高い精度の実験で確認されることになりました。

又、材料の強度や物性の発現機構を解明し、より強くより靭い材料を設計・製造する上で、内部組織を知ることが重要です。一般に、内部組織は光学顕微鏡や電子顕微鏡を用いて観察されていますが、私達は、第一原理計算によって計算し、可視化の技術を用いて目に見える形で提供することを目指しています。このような計算の一例を示します。

上に示したのは、Fe-Pd合金を高温状態から急冷したときの、逆位相境界と称されるものの時間発展過程を、第一原理計算を用いて計算したものです。この計算はFeとPdの原子番号26と46という二つの数字のみを用いて行いました。

実験的研究に基づくマテリアル設計

物質の、外からの働きかけに対しての応答が適切である場合、この長所を伸ばして材料として用いることができるようになります。例えば応力に対する材料の変形や、温度による相変化などが、材料の特性として取り上げられることが多くあります。

この応答の原因を明らかにする場合に、微視的な視点が大変重要となります。図は耐熱ニッケル基合金を強くするために導入されるNi3Al相の、強さと組成の関係です。組成が75:25からずれる時の強さ変化は左右、すなわちニッケルが増えるときとアルミニウムが増えるときで異なりますが、この理由は明らかではありません。


図に示したように、余分なニッケルやアルミニウムの入り方は、本来の位置に入っている各元素との関係から異なります。この入り方の違いによって、アルミニウムが多い場合にはX線回折などの手法でははっきり捉えられない局所的なゆがみが生じ、これが強さ変化の差として現れているのではないかと考えられます。この領域のゆがみが、体積変化をもたらさないという計算結果から、このような考え方はこれまで得られている実験的事実と矛盾しないことがわかっています。このように、巨視的な変形と微視的な原子周辺の位置計算の両方を結びつけることで、これまで理解が難しかった事実を理解することが可能となります。

図は、超高温耐熱材料として期待されているNb基合金の熱処理による組織変化を示したものです。Nb-Si二元系状態図が教えるところは、高温Nb3Si相が1770℃以下で二つの相(NbとNb5Si3)に分解するということのみです。この分解挙動は温度によって異なり、高温(1500℃以上)ではNbとNb5Si3に明瞭な方位関係はありませんが、低温(1300℃付近)では方位関係を持ちます。さらに、わずかにZrを添加すると、分解に必要な時間が100倍近く短縮されます。これらの現象は相互に関係しているはずです。結晶の方位関係や組成の不均一を大域的に明らかにする種々の装置(EBSD = Electron Back-Scattering Diffraction pattern、EPMA = Electron Prove Micro-Analysis)を用いてこれらの現象に対して実験的にアプローチし、その理由を何らかの形で理論的に求めていくことができると考えています。

平均化されない局所的な現象をその周辺の状況と併せて理解するには、大きすぎも小さすぎもしない、ふさわしい精度で観察することが必要です。結晶粒が現象発現の鍵となる場合、数ミクロンから数百ミクロンの領域をうまく取り扱う手段の構築が欠かせません。上記のEBSD、EPMAは走査型電子顕微鏡に付属の装置ですが、光をプローブとすることで、環境の影響をあまり受けない観察が可能となります。共焦点走査型レーザー顕微鏡は真空以外にも、不活性・酸化性雰囲気および高温・低温という、電子顕微鏡が比較的不得意とする環境下での、ミクロンオーダーの観察に適しています。例えば結晶粒毎の相変態温度などの挙動の違いや、破壊の伝搬といった現象を捉えることが可能です。さらに、EBSD、EPMAなどであらかじめキャラクタリゼーションした試料を用いることで、多方面からの考察・理解を行うことができると期待できます。