訃報

名誉教授 木下 重教 氏 (86歳)

名誉教授 木下重教氏は平成20年12月5日午後1時43分,耳下腺がんのため86歳で逝去されました。

ここに生前のご功績を偲び,謹んで哀悼の意を表します。

木下先生は,大正11年4月10日北海道札幌市に生まれ,昭和20年9月北海道帝国大学工学部鉱山工学科を卒業し,昭和21年3月北海道帝国大学工学部助手に任ぜられ,昭和30年4月北海道大学工学部講師,昭和32年12月同助教授,昭和43年6月同教授に昇任し,鉱山工学科鉱山機械学講座を担任されました。昭和47年4月,鉱山工学科が資源開発工学科に改称されるに伴い,岩石力学講座(旧鉱山第一講座)を新たに担任されるとともに昭和49年3月まで開発機械学講座(旧鉱山機械学講座)を兼担され,改称間もない同学科の整備,教育方針の確立に努力し,同学科の発展に貢献されました。昭和61年3月停年により退官し,同年4月北海道大学名誉教授の称号を授与されました。北海道大学退官後直ちに学校法人電子開発学園の顧問となり,昭和63年12月同理事,平成元年4月北海道情報大学学長として同大学の開学,発展に貢献されました。

また,学外にあっては室蘭工業大学,秋田大学などの非常勤講師を併任され,本学部以外の学生の教育にも尽力されました。更に,昭和57年10月及び昭和59年9月の2回にわたり北京鋼鉄学院に招聘され同学院において講義と研究指導を行い,昭和59年9月には同学院より名誉教授の称号を与えられました。

研究面においては,採炭学一般,とりわけ,削岩,穿孔,鉱山空気機械,炭鉱通気に関する研究を展開し,昭和36年12月「夾炭層岩石の回転穿孔抵抗および穿孔性に関する研究」により東京大学により工学博士の学位を授与されました。

その後,昭和44年9月より1年間文部省在外研究員として米国,カナダ,西ドイツに留学し,岩石破壊,地圧制御の研究に従事し,誕生間もない岩石力学の分野で広汎に開拓的研究を推進されました。岩石の変形・破壊の分野に関しては,封圧下の圧縮試験や衝撃載荷試験などを実施するための装置を開発し,北海道の諸炭鉱で採取した夾炭層岩石を中心に室内試験を実施し,岩石のダイラタンシー挙動,時間依存性挙動,破壊後挙動,中間主応力効果などに関して多くの研究業績を上げられました。また,深部化しつつあった道内炭鉱の保安に関する諸問題を解決するために,原位置試験法という当時としては画期的な研究手法を導入したことは特筆に値します。その成果の一つに,軟弱岩盤中における坑道の盤膨れ機構の解明とボルト支保による効果的な坑道維持方法の開発が挙げられます。また,ガス突出危険地帯を対象とした大口径ボーリングによる応力解放法の効果に関する研究も原位置試験を中心になされ,この研究業績に対して日本鉱業会論文賞(昭和54年)が授与されています。

鉱山の保安に関しては,石炭鉱業審議会委員を始めとする多くの委員会委員又は委員長として学識経験者の立場から業界の指導にあたられました。

また,新夕張炭鉱のガス突出事故や旧手稲鉱山における坑水異常出水事故など,重大災害が起こるたびに鉱山保安監督局に設けられた対策委員会の委員または委員長として事故の原因究明と対策の確立に努められました。その功績に対して鉱山保安地方表彰(昭和62年)が授与されています。

学内にあっては,昭和46年4月から同48年3月まで北海道大学学生部委員会委員,昭和56年6月から同61年3月までは北海道大学評議員として大学運営の枢機に参画されたほか,工学部各種委員会委員あるいは委員長として,更には昭和58年4月から同61年3月までは工学部長として同学部の管理・運営に尽力されました。

昭和61年3月に北海道大学を退官後は引き続き同年4月から学校法人電子開発学園の顧問,理事として北海道情報大学の開学に貢献,平成元年4月から平成10年3月まで同大学長として尽力され,学長退任後も理事として平成17年3月まで同大学の振興に貢献されました。

以上のように,木下先生は北海道大学における教育歴40年に,電子開発学園北海道情報大学におけるそれを併せて59年の永きにわたり教育研究活動を続けられています。この間,北海道科学技術審議会委員,北海道総合開発委員会委員,北海道鉱業振興委員会委員,江別市行政審議会会長などとして鉱・工業並びに地域社会の発展に貢献をされたもので,平成10年4月29日に勲二等瑞宝章が授与されたとおり,その功績はまことに顕著です。

ここに謹んで先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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