研究紹介(199)


メビウス結晶の発見

量子物理工学専攻
極限物理工学講座
丹田 聡


低次元導体の典型物質であるNbSe3(北大オリジナル物質:故三本木孝北大名誉教授が初めて電荷密度波を発見)を使って世界初のメビウス単結晶を発見した(図b)。通常の結晶は剛性があり硬いので,メビウス帯のようなトポロジカル結晶ができるとは到底考えられなかった。我々はこの「常識」を超え,結晶学・結晶成長学・物性物理学の質的に新しい発展を引き起こす独創的な研究をおこなった(Nature誌公表・特許5件)。ナノチューブ・フラーレンなどのナノテクノロジー物質,2重螺旋DNAの発見と同様のインパクトを示すことが期待される。

メビウスの帯は両端で反対向きの向きづけをした細長いテープを1回捻り向きづけが一致するように貼り合わせて作られる縁のある面であり,3次元空間で唯一実現できる向きづけ不可能体である。そういう意味で,メビウス結晶は物性における向きづけ不能性(トポロジカルな性質の一つ)を調べられる貴重な存在である。

さて何故このようなトポロジカル結晶ができるのだろうか?

我々の研究室で合成されたリング,メビウス,8の字結晶の成長機構について説明する。 一言でいうとテンプレート型のトポロジカル結晶成長法である。 リング結晶に関しては,NbSe3ホイスカー(ひげ結晶と呼ばれる細長い結晶)のような繊維状の物質が何かに巻きついて成長することで形成できる。 Nb(ニオブ)とSe(セレン)の気相反応中にそのような状況が起こることを発見した。 通常,この種の結晶作成法では,沸点の低いセレンが反応容器中を蒸発・凝集しながら循環し,反応によって生じたNbSe3分子を一箇所に集めて結晶化させることができる。 そうしてできるNbSe3の微小なホイスカーが付近のセレン液滴と接触すると,表面張力により液滴表面に吸着する。その結果,図(d)の写真のように,液滴に巻きつくループとなる。液滴が蒸発すると,ループだけが残りうる。テンプレート(Se液滴)の大きさを制御して直径1000Åの極微な結晶も得ている。さらに最近ではこの応用としてC60をテンプレートとしてNbSe2,TaSe2のナノチューブの合成に成功している。

8の字結晶に関しては,周長がリングのおよそ倍であることからSe液滴を2周回った後に両端が結合することで形成されると考えられる。液滴に2回巻き付けるだけで2πのひねりを持つ8の字を作れるのは少し不思議だが,テープとはさみを用意して実際にやってみれば明らかであろう。

メビウスの結晶図


メビウス結晶に関しては,次のメカニズムがわかった。図(e)のように,Se球面をNbSe3が這う際,曲がりながらツウィストが入ることが明らかになった。表面張力でNbSe3が曲がっていくのであるが,その際,結晶断面が矩形であるとランダウ,ハーモンの弾性体論によれば捻られるのである。この場合勿論どちらに捻られるかは対称性の破れと同じでどちらにもなりうる。この結晶が捩れを伴いやすいもう一つの理由は単斜晶(P1/m2)であることが掲げられる。つまり,単斜晶系においてはフックの法則を拡張した弾性体論を結晶学に適用した場合,歪と応力の間のコンプライアンス行列のシェアの項に非対角項が存在する。 例えばC35があるとする。この項の意味はx面に対してz方向にシェア変位をさせた場合,z面がz方向に力が働くことである。この項が0であればそのような力は働かず結晶を曲げていった場合捩れは起こらない。もし有限であれば曲がりとともに捩れることになる。この物質が単斜晶であるから必ず曲げると捩れる。この場合は勿論結晶断面が矩形でなくても何でもよい。いずれにしてもこの2種類の効果によりNbSe3の曲げは常にひねりを伴っていると思われる。一周巻き付けたところでちょうどπのひねりが生じていた場合,メビウスの結晶ができあがる。ひねりの大きさは場合により異なる。例えばホイスカーが太すぎると捩れの弾性エネルギーが大きいため,捩れは無視できる程度になる。メビウス結晶の生成がリング・8の字より希少であるのは,曲げ変形と捩れ変形の偶然の一致に依存する部分があるためと思われる。これまでに見つかったトポロジカル物質を,次の3種類に分類した。ひねり無し(リング)・πひねり(メビウスの輪)・2πひねり(8の字)の3つで,巻きつきの過程で生じたひねりによって分類する。各タイプごとに,ホイスカーが液滴にどのように巻きつけば形成できるかを図にまとめた。トポロジカルNbSe3結晶が通常のひげ結晶と同様に電荷密度波状態を示すことを確認し,リング結晶の場合には,電荷密度波のスライディングによる干渉効果を初めて観測している。

ナノテクノロジーの急先鋒であるナノチューブの作製メカニズムがまだはっきり していない現状を考えると,同じ2次元層状化合物,1次元化合物によるこのような トポロジカル結晶の成長メカニズムが明らかになったことは,創製の指導原理を与えたという意味においても,新しい物性をひきだす場を与えたという意味においても非常に重要である。これらは物理学,数学,化学,生物学,鉱物学,各種工学分野を包含しており多くの人がこの分野に参入することを望んでおります。

300年前,微積分学の発展によっての古典物理が発達した。トポロジーの数学は約100年前に始まり,その結果,一般相対論(Einstein),場の量子論(Dirac,Witten),素粒子物理が発展した。トポロジーは現在でも発展途上の数学であるから,さらに新しい科学の発展が期待される。物性を論じる際,向き付け不能なメビウスの帯のような境界条件は,空想的な系だとして視野に入れないのが普通であった。われわれの発見が科学における自由なトポロジー的発想を広める一助となることを願う。

詳しくは
http://exp-ap.eng.hokudai.ac.jp/ (我々の研究室) http://www.ch.ic.ac.uk/motm/trefoil/#12-annulene(最近引用されていたHP)


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